67 思い立ったが吉日です③
「その心は?」
「新作のリムーバーを開発できそうなの。これがあれば、どんなネイルでも落とせるようになるわ。この商品の製法を渡すことでなんとか水に流せないかと思っているの」
「取るだけ取って、やっぱりバチルダ様は追い出すに一票入れときます」
「でも、他に手がないのよ……この新作を渡さなければ被害者が増える一方だわ」
「本当に何にも手がないですか?」
バチルダは絶望的な表情で首を振る。
「手詰まりなの。ギルド長はあちこちに顔が利くみたいで、私が思いつく限りの方法に対策を取っていたわ。被害件数がある程度まとまったら私を訴えると言うの。毒を混ぜた魔女として処刑するって。そうなる前に早く完全版の権利を譲渡しろと言われてはいるけれど……」
「それは渡したときこそ本当に処刑してくるやつですねぇ」
ルウは少し考えてしまった。彼女は腐っても公爵令嬢だから、そう簡単に処刑できるとも思えない。しかし魔女の呪いに極刑が科されがちであることも確かだ。過去には王妃すら、臣下を呪い殺そうとしたということで処刑されている。
「公爵家がそんなに簡単に足元をすくわれるものなのでしょうか」
ルウが思ったことをずばりと言うと、バチルダは恥じるように下を向いた。
「薬師の世界は複雑なのよ。彼らは無認可の薬で健康被害が出たりしないよう、民間に出回る薬を厳しく取り締まる権利を持っているの。その彼らから毒薬認定を受けたなら、わたくしは手も足も出ないわ。正規の医師ギルドも、頭が上がらないらしいの」
「そうなんですか? お医者様の方が偉いと思ってましたけど」
「規模と資金面で完全に負けているそうよ。それに、偉い医師ほど診察は人任せだから、薬の処方に明るくないって」
「あー、確かに。ちょっとした風邪だったら薬だけで様子見たりしますもんねぇ」
バチルダはまた瞳に涙を溜め始めた。
「うかつだったわ。これは人を幸せにする商品だ、なんてきれいごとを頭から信じていたの……」
「少なくともギルド長は幸せになったでしょうねぇ。お金がいっぱいで、あとライバルを効率的に潰せて」
「金の卵を産むガチョウを絞め殺す意味が分からないわ」
「真鍮の卵を金だと偽って売ってた詐欺師は自分が絞め殺される前にやるでしょうねぇ」
バチルダは小さくぐすりと鼻をすすった。鼻の頭も赤くなり、必死に涙をこらえている。
「わたくしはもう、どうしていいか……せめてこれ以上健康被害が広まる前に、と思って、ネイルを剥がす人たちを秘密裏に雇ってはいるけれど、あまり効果も上がっていないようだし……」
ネイルを剥がす人たち。
ルウはしばらく考えたあと、つい大きな声を上げる。
「変態ネイルリムーバー軍団……!?」
「なに、それ?」
泣くのも忘れ、きょとんとしているバチルダに、ルウはどう説明したものかと思う。
「いえ、下町には今、いきなり裏路地の女の子に襲いかかってはネイルだけを剥がしていく謎の紳士的な変態集団が出るということで噂が持ちきりなんですが」
自分で説明していても訳が分からないが、バチルダにはそれでばっちり通じたようだった。
「うそよ……!? わたくしはただ、裏路地でネイルのリムーバーを売って欲しいってお願いしただけなのに……!?」
犯人はこの人だったか、と、ルウは何とも言えない気持ちになった。
「裏路地の怪しい男から薬買いたい人なんていないでしょう」
「成功報酬も弾んだのだから、うまくやってくれるものと思っていたのに」
「あー、それはもう強制的に剥がしてノルマ達成するでしょうね。下町のゴロツキなんてそんなもんです」
バチルダは頭を抱えてしまっている。
「……まあ、あとで依頼を全部キャンセルしたらいいと思いますよ。配ってしまった分はバチルダ様がキャンセル料を払うことでなんとか」
「そうするわ……」
事件がひとつ解決したので、ルウはちょっといい気分になった。
しかしバチルダは見事に落ち込んでしまっている。
無理はない。彼女には悪気がないのだろうが、ずいぶんと見通しが甘い人だと思ってしまう。
「公爵家がどうこうより、バチルダ様がもうちょっとしっかりしないとダメそうですね」
すっかり塞ぎ込み、沈黙してしまったバチルダ。
ルウは彼女を見ながら、もったいないなぁと思った。
「私、ネイルを買おうと思ってたんですよね。ファンなので」
自分の爪を見せつける。赤いネイルはもう三分の一ほどが伸びてしまって、白い地爪を晒していた。
「どうせなら新しいリムーバーと一緒に買いたいです。でも、難しいんでしょうか」
「……そうね。わたくしが権利を譲渡すればいいだけのことなのだけど……」
「でも処刑は困りますよねぇ」
ルウはふと思った。
そういえば、爪に塗る顔料は薬なのだろうか。
「じゃあもう、薬として売らなきゃいいんじゃないでしょうか?」
「人の身体に塗るものは薬なのよ」
「違います。これは液状の宝石です。アクセサリーの一種です! とむちゃくちゃな主張を押し通してみるとか。たとえば、金細工ギルドの権限を使って。金細工ギルドはお金持ちですし、王侯貴族とも立場が近いですよね」
「わたくしにそちらのツテはないわよ」
「じゃあ服飾ギルドですね。服に使うスパンコールの一種です。爪に同じ素材のものをあしらうのが流行ってるんです、とでも言って……」
公爵令嬢は長い長いまつげをひらりと蝶のように瞬かせた。
「……あなた、突拍子もないことを思いつくのね」
「そうですか? このくらい皆思いつくでしょう」
「いいえ……わたくしは考えてもみなかったわ。あなたって常識に囚われないのね……」
ルウは笑顔で適当にあしらい、思いつきをまた口にする。
「あ、そうだ、第三王子なんてどうでしょう? おしゃれな女性をこよなく愛しているという噂の」
「お話ししたことなんてないわ」
ルウは公爵令嬢を無遠慮に上から下まで見た。
大きな目にぷっくりした涙袋とくっきりした二重。碧玉のような大ぶりの瞳にかかるばさばさの睫毛は、白ワインのように少し緑がかった金髪に合わせてクリーム色に着色されている。きっちりとコテの円筒形を残して成形された大ロットの巻き髪。
「バチルダ様、ものすごい美人ですし、おしゃれですし、いけるのでは? そうですね……あの人が食いつきそうなオモシロドレスがあれば目を留めてもらえるんじゃないでしょうか」
ルウの格好だって気に入っていたくらいなので、一捻りがあれば問題なさそうだ。
「たぶんあの人、深読みとか大好きですから、パーティにちなんだコンセプトのドレスを用意してみませんか? 次に王子と鉢合わせするパーティっていつです?」
「二週間後だけど、ドレスってそんなにすぐには」
ルウはにっこりした。バチルダの興味が引けたのなら、あとは成功したようなものだった。
◇◇◇
ルウは突貫工事でドレスの準備を進めていた。
――なるべくシンプルなドレスを目指しましたけど、いやー、二週間は無謀ですねぇ。
「ねえ、ルウ、本当にこれ全部縫うの?」
「だーいじょうぶですよ。あと三百時間もあるので」
「無理よ」
「無謀よ」
「寝る時間ないじゃない」
「お駄賃いっぱい出ますよ。いつもの二倍!」
ルウはお針子仲間のツテをフル動員して、なんとか形にしてもらったのだった。
当日に間に合わせ、バチルダに届ける。
着付けを手伝うついでにサイズを直し、ぴったりになるよう調整した。
「わー素敵! バチルダ様の髪の色にもマッチしててものすごく綺麗です」
オリーブ色の生地を使った大人っぽいドレスだ。頭にはオリーブの冠を被ってもらっている。差し色には茶とクリーム色を選択した。
――オリーブ色に目が行きますが、派手な装いではないので、周囲から浮くことはないはず。
「今日は聖エバリー様の日。聖エバリーは生前たいそうな慈善家で、頭にオリーブの冠を乗せた少女に導かれて貧しい人への奉仕を志したと言われている……んでしたっけ、バチルダ様?」
「ええ、そのはずよ」
「あまり一般的な話ではないと思いますが、第三王子、そのことに気づきますか?」
「おそらくは。先月のパーティでも、彼、オリーブ色の服を着ていたわ。お亡くなりになった王太后様の命日に合わせてその色を選んだのだとしたら、きっと気づくはず」
――先月……パーティ……ああ! 私が悪女コスプレをしたときの!
何の日だろうとずっと思っていたが、まさか王太后の祖母の命日だったとは。道理でやたらと褒めそやされたわけである。
ルウは謎が解けて、すっきりした。偶然の一致だが、一生黙っていようと心に誓う。
――これも私の日頃の行いがいいからですね。
「それにしても、よく覚えてましたね、第三王子の服なんて」
「偶然よ。彼が自分で祖母の命日について言及していたの。服に何かのモチーフを忍ばせて読み取らせる遊びは彼の趣味だから、あれにも何か意味があるのかもしれないと考えて、気づいたのよ」
「じゃあ、今日は彼と会話の糸口が作れそうですね?」
バチルダ様は不敵に微笑んだ。
「もちろんよ」
ルウは不参加だった。もとより行方不明で招待されていない。あとはバチルダの裁量に任せようと思ったのだった。




