62 ソーニー家の家族会議②
「ヘルーシアはだいぶ誤解していると思う」
クリストファーは淡々と言う。
「財産目当てというけれど、そもそも君に侯爵家を継ぐ権利なんかないことを忘れてない? だって君は、継母の連れ子で、侯爵家の血は流れていないことになっているんだから」
ヘルーシアはクリストファーの顔色にびくつきつつ、それでも持ち前の気丈さで反論を試みる。
「そ……そのくらいは知っていますわ。だからお父様はお姉様を廃嫡しようとしているんじゃないですか。お姉様がいなくなったら、今度こそ私を認知してくれることになっております」
クリストファーはにこりともしない。いつもヘラヘラしていたのが嘘のようだ。
「それは通らないよ。だって王妃は潔癖症で――」
クリストファーの言葉はナイフのようだった。
「――不倫をした侯爵とゴディバさんを、絶対に許しはしないだろうから」
ヘルーシアは息を呑んだ。
そうだ。どうして今までその可能性を考えなかったのだろう。
「もうひとつ、大事な事実があるんだけど、教えてあげようか?」
クリストファーの声は気味が悪いくらい平坦だ。
「シビュラさんは『予言』――『神託』? とにかく未来予知の才能を持っていて、結婚する以前は王族に重用されていたんだ。これをどう思う?」
「結婚前の話ですわよね?」
「そう。シビュラさんは結婚したら能力がなくなったらしくて、やめてしまったんだ。でも、王妃とシビュラさんが仲のいい友達だったとしたらどう? ルウが王妃に助けを求めたら、気にかけてくれるかもしれないよね」
ヘルーシアは少なからず動揺した。
「まさか……お姉様を気にかけていたのなら、もっと早くにコンタクトを取っていたはずですわ。他人だから放っておいたのでしょう? なのに、今更……」
「どちらにしろ、潔癖症な王妃のワガママでルウの廃嫡が通るのなら、君の認知だって王妃のワガママで通らない。君の認知が通るのなら、ルウが素行不良程度で廃嫡されるはずもない。君が後を継ぐのはどう考えても無理だ」
クリストファーはため息まじりに淡々とたたみかける。
「私が財産目当て? 冗談じゃない。正確には、君の父、ソーニー侯爵が、ルウを廃嫡したあと、私に行くはずの財産を目当てに、君を押しつけようとしていたんだ。私も君のことが特別好きなわけではないけど、仲良くやっていけそうなら考えようと思っていた。でも、君は私と結婚なんてしたくないそうだから、仕方がないね」
クリストファーは本格的に怒っているようだった。普段が温厚なだけに激変ぶりが恐ろしく、ヘルーシアは寒気が止まらなかった。
「そうだ。せっかくだから、ソーニー侯爵の廃嫡を王に申請してみようかな? もしも王妃が私の推測通りに、シビュラさんと親しい関係だったのなら、案外無理が通ってしまうかもね。その上ルウの葬式まで済んでいたら、君たちははっきり言ってお払い箱だよ。出ていってもらうことになると思うから、今からよく心構えをしておいてね」
ヘルーシアは震えながら行く当てをすばやく試算した。ディーンがヘルーシアのことを受け入れてくれれば問題はない。万事がうまくいく。でも、望みはあるだろうか? 今のところはないに等しい。
別の嫁入り先を捜す? きっとそれも難しい。ヘルーシアはあくまで連れ子で、男爵の孫娘だからだ。資産がないのでもらい手が限定される上に、美貌を活かして誰かをたぶらかそうにも、侯爵家を追い出された後で高位貴族のパーティにもぐりこめるとはとても思えない。
――私……クリストファー様に見捨てられたら、行き場がなくなる……?
恐ろしくて目の前が暗くなっているヘルーシアに、クリストファーは冷たく笑った。
「――全部私の憶測だよ? そんなに心配することはないさ。葬式を出したいというのなら止めない。でも、私だって、君との結婚はもう考えないよ。そのときはソーニー侯爵の廃嫡も含めて、邪魔な君ごと排除するつもりだから、よく考えて行動してね」
クリストファーがお茶の席から立ち上がり、部屋から消えても、ヘルーシアはしばらく呆然としていた。
――私……なんてことを……
現状の認識を根本からひっくり返され、ヘルーシアは混乱の極みにあった。
このままではまずい。追いかけていって、まずクリストファーに謝罪せねば、ヘルーシアの立場はかなり悪くなる。
でも、謝って、そのあとどうするのだろう? どうぞ嫁にもらってくださいとお願いする?
――そんなの絶対に嫌。
それなら、葬式を挙げるのをやめればいいのだろうか?
でも、それだと姉がいつ気を変えて戻ってくるか分からない。ディーンの気持ちも姉に向いたままだろう。
考えても考えても、ヘルーシアにはどうすればいいのか分からなかった。
――どうすればお姉様はいなくなってくれるの……!?
クリストファーの話が本当なら、姉を廃嫡するためにやった全部が、まるっきり無駄だったことになる。
――きっと手紙の主も、お姉様で……
最悪の想像が脳裏をかすめる。
――もしかして、お姉様は、こうなることを知っていた……?
もしかして、王妃が絶対にルウを廃嫡しないと知っていたから、いつなんどきも余裕でヘラヘラしていたのだろうか。あのヘラヘラ笑いは、鈍いからではなく、ヘルーシアのすることをせせら笑う笑みだった?
ヘルーシアはもう何がなんだか分からなくなって、すべての思考をやめた。頭痛と吐き気が止まらない。
ベッドの奥に潜り込み、震える身体を横たえる。
どうか全部が悪い夢でありますようにと願いながら、気絶するように眠りについた。




