61 ソーニー家の家族会議①
◇◇◇
ルウの勘違いによるお節介から数日後。
ヘルーシアは姉の手紙を見せて、家ぐるみで相談をしていた。
ソーニー侯爵、ゴディバがいるのは当然として、なぜかクリストファーが同席している。
「彼も無関係ではないからな」
父がそう言うのなら、ヘルーシアには是非もない。
懸案の葬式について、まず父が消極的な姿勢を見せた。
「死体がないことには医者の死亡診断書はおろか、葬式のときだって困るだろう。フタを開けて顔を見せなきゃならんのだからな」
「家族だけの密葬と言えばいいじゃない。ルウは領地で療養させていたけど急死したということにして、うちが懇意にしている修道院でも抱き込んで」
母のゴディバは多少強引でも強行したいようだった。
「葬式を挙げた後に万が一ルウが見つかってみろ。私たちの面目は丸つぶれだぞ」
言い合う父母に、ヘルーシアは口を挟む。
「絶対に見つからないって保証が欲しいわけですよね」
ルウには二度と現れてほしくない。存在ごと消えてほしい。そしてそれを、ディーンにも知らしめたい。
――死人になれば、姉のことは諦めるはず。
ヘルーシアが意図していた展開とは少々違うが、この際それでもいいと思っていた。
「いなくなってもらえばいいのですわ。外国に行ってもらうのがいいのですが、どうしてもダメなら、奴隷商をけしかけて、遠い外国にでも出荷してしまうとか」
場に沈黙が落ちた。
父母もおそらく分かっている。それが一番確実なのだと。ルウが生きている限り、いつまた現れて侯爵家の継承権を主張されるか分からない。そこまで考えて、ふとヘルーシアは、姉の継承権が今どうなっているのかが気になった。父がまた申請をしていたはずだ。
「……お姉様の廃嫡にはご同意いただけましたか?」
「いや。なしのつぶてだ」
父と一緒に、ヘルーシアも落胆した。
「……死んでからも邪魔をするのね。シビュラは」
母が呪わしそうに先妻の名を口にする。彼女さえいなければ、という愚痴は、ヘルーシアも何度か聞かされた。
「私からもいいでしょうか」
遠慮がちに口を開いたのはクリストファーだった。
「ルウは自分のやりたくないことは絶対にしないですから、社交界に戻らないというのなら、本当に二度と顔を出さないと思いますよ」
「そうは言ってもな。万が一ということもある」
「では、葬式は最悪の事態のために取っておいて、病気だということにしておくのはどうでしょうか?」
父は不本意なのか、渋い顔をしながらも、結局はうなずいた。
「……そうするしかないだろうな」
ヘルーシアにしてみれば冗談ではない。生きている限り、ディーンはヘルーシアを諦めないだろう。
「わたくしはお葬式も挙げてしまうべきだと思いますわ。お姉様はパーティになんてろくに顔を出していませんから、帰ってきたとしても本人かどうかなんて誰にも分からないはずです。財産目当てのなりすましだと決めつけて、処分してしまえばよろしいかと」
「そうか……そうかもしれないな」
「それは、さすがにやりすぎではないでしょうか」
クリストファーが珍しく反対意見を述べている。いつもは父に逆らわないくせに。
――やっぱりこの方、お姉様が好きだったのね。
父も可愛がっているクリストファーが出した意見は無下にもできないのか、悩み始めてしまった。
最後まで父の態度は煮え切らず、結局また後日話し合うことで落ち着いた。
◇◇◇
相談ごとが終わったあと、クリストファーはヘルーシアを呼び止めた。
個人的に話したいことがあるのだという。
ヘルーシアはハッキリしないクリストファーにイライラさせられるので口も利きたくなかったが、父の目の前で邪険にするわけにもいかず、少しだけならと了承した。
お茶の用意をさせてから、クリストファーを自分の部屋に招き入れる。
彼は少しはにかんだように――こういうところが無性にヘルーシアを苛立たせるのだが――こう切り出した。
「この間は手紙をどうもありがとう」
「――?」
ヘルーシアが一瞬何のことか分からず、言葉に詰まった隙に、クリストファーが続きを勝手に喋る。
「正直言って驚いたよ。私は君に嫌われていると思っていたから。でも、あんな風に思っていてもらえたのなら嬉しい――」
「何のことですの?」
ヘルーシアが苛立ちながら話を遮ると、クリストファーは目を丸くした。
「この間くれた手紙のことで」
「何も出してませんけど?」
クリストファーはぽかんとしてから――いちいち応対に時間がかかるところも好きになれない――おずおずと手紙を取り出した。
「これは、君からのものだと思ったんだけど」
ヘルーシアはびっくりしてしまった。封筒、インク、便箋、何もかも最近ヘルーシアが愛用しているものとそっくりだ。
そして漂うほのかなアーモンドの香り。石鹸のやわらかな香りが落ち着くので、普段使いの他にも、サシェとして愛用している。
「すごく丁寧に気持ちを書いてくれたから、感動してしまって――」
クリストファーから手紙をひったくり、中身を確かめる。
そこにはクリストファーへの恋心が綴られていた。
ヘルーシアそっくりの筆致で。
驚きが収まったら、嫌悪感が湧いた。ヘルーシアのことを観察して、そっくり真似した誰かがいる。得体の知れないおぞましい何かが全身にべっとりとまとわりついてきたようで、ヘルーシアは総毛だった。
「やだ……! 何、これ……!」
涙目のヘルーシアを見て、クリストファーも戸惑っている。
「知らない、私はこんなの書いていないわ!」
「え……? じゃあ……」
「やだやだ気持ち悪い! クリストファー様のいたずらですか!? 最低!」
「いや、私は――」
「私があなたなんかに手紙を書くわけないじゃない! お姉様とくっついてればよかったのに! お姉様のことが好きだったくせに父の言いなりに見捨てて、それで今度は財産目当てに私と結婚!? 冗談じゃないわ! 侯爵家の跡取りにどうしてもなりたいからってこんな狂言まで仕組むなんて! ええそうよ、私は前からあなたのことなんてだーーーいっ嫌いだったわ! いっつもヘラヘラしちゃってバッカみたい! お姉様とおんなじね! 馬鹿にされても笑われても薄笑いを浮かべてるだけ! ニブすぎてぞっとするわ! 本当に気持ち悪い――……」
ひと息にまくしたてるヘルーシアだったが、途中でクリストファーの冷ややかな視線に気づいて、ようやく黙った。
「……へえ、そう。私のことをそんな風に思ってたんだ」
見たこともないほど冷たい目をしているクリストファーに、ヘルーシアはなんとはなしに恐怖を覚えた。




