59 妹と再会しました①
◇◇◇
ルウは日々バイトをしながら、悪女ルウ・ソーニーの噂話を蒐集していた。
――どんどん尾ひれがついていますねぇ。
近頃の噂話はギブソンにまで及び、ルウは彼の愛人だったとまことしやかに噂されるまでになった。
「トゥワイラさん、新しい噂って何かあります?」
お針子仲間に尋ねると、打てば響くように返ってきた。
「なんかね、本当は行方不明じゃなくって、監禁されているらしいの」
「監禁」
それはまた穏やかではない。
トゥワイラの話はこうだ。
ルウ・ソーニーが恋人のところに帰らないのは、帰してもらえないため。ギブソンがルウを溺愛しているせいだというのだ。とんでもない悪女も、王族に囲い込まれては逃げようもない。これまで男をたぶらかして歩いた代償に、ギブソンからはまったく信用されず、一歩も外出できないような自由のない生活を強いられているのだということだった。
――この創造性の高い嘘、自然発生したものではないですよね。誰かが故意にでたらめなストーリーを作って流しているとしか思えません。
もっとも、ルウにはその相手に心当たりがあった。つまり妹か、継母か、もしくは父かだ。
――犯人はヘルーシアでしょうね。私とギブソン王子が仲良くしていたのってあのパーティだけでしたし、それを目撃していたのもヘルーシアです。
しかし分からないのは目的だ。ルウはもう社交界から消えたのだから、今更評判を落として何になるというのだろう。
ルウはともかく、第三王子には迷惑なことであるし、ヘルーシアが第三王子に嫌われても厄介だ。それに、ディーンの評判にも影響するだろう。
ディーンのことは騙して利用したという負い目があるため、ルウは責任を感じるのだ。
――考えても分かりません。もう、直接聞きにいってみましょうか?
ルウは思い立ったが吉日で、すぐ行動してしまう。
このときも、さっさとヘルーシアのところに忍び込むことに決めた。
◇◇◇
ヘルーシアの部屋はふんわりと甘い杏のような香りがした。
――この香り、どこかで嗅いだことあるような……
ルウが一生懸命記憶を辿っているうちに、ヘルーシアが帰ってきた。メイドと一緒にドアをくぐるなり、驚愕に目を剥く。
「しばらくぶりね、ヘルーシア。元気にしてた?」
「嫌だわ、お姉様だったの? 小汚いから泥棒かと思ってしまったわ」
ヘルーシアのくすくす笑いながらの嫌味はいつものことだったので、ルウは聞き流して、さっそく本題に入ることにした。
「ねえ、街で小耳に挟んだのだけれど、私って第三王子に囲われてることになっているの?」
「そうみたいね。わたくしはお姉様がどこで何をしていようと興味なんかないけど、よく聞かされるわ」
「じゃあ悪いけど、あなたの方から訂正してくれない? 事実無根の嘘八百だって」
「嫌よ」
「ヘルーシア……」
――困った子ね。
昔からルウのお願いごとなど聞いたためしがない。
「私はもう二度と戻ってくる気がないのよ。だから私は困らないんだけど、第三王子はそうもいかないでしょう?」
「元々遊び人って言われてる人よね。ひとりふたり名前が加わったところで箔がついたとしか思わないのでは?」
「そう。私が第三王子と無関係って話はすんなり信じるのね。まるで最初から嘘だと知ってたみたいに」
「お姉様なんかが第三王子に気に入られるわけないもの」
「私が王子のお気に入りと言われるのが癪? じゃあ噂を否定してくれてもいいじゃない」
「なんで私がお姉様なんかのために?」
ルウはため息をついた。
「第三王子に溺愛されて……っていうの、筋書きがまるっきりあなたの愛読していたロマンス小説と同じじゃない。監禁されるとこまでそっくり」
ヘルーシアは分かりやすく動揺した。
「な、か、勝手に読んだの!?」
「私が第三王子と会話したのってあのパーティが最初で最後だったけど、間近でよく見ていたのはあなただけだわ。もう犯人はあなただとしか思えないんだけど」
「違うわよ! 妄想もたいがいにして!」
「……目的は何なの? あなたは一体何がしたいの? 正直に教えてくれれば手を貸したっていいのよ。でも今のやり方はやめてほしいわ。ディーン様だって、婚約者を第三王子に寝取られたなんて言われたら迷惑するでしょうに――」
「お姉様がディーン様に相手にされてなかったことなんて皆知ってるわよ!」
「それもあなたが吹聴して回ったから?」
「変な言いがかりはやめてよ!」
――埒が明きません。
ルウは質問を諦めて、かわりに要求をつきつける。
「とにかく、私は死んだものと思ってお葬式でもあげてちょうだい。そうすれば二度と社交界には出てこられないし、あなたにとってもその方がいいでしょう?」
ヘルーシアははたと考え込むそぶりを見せた。
――あら、イケそう。もう一押しですね。
「何か書くものはある? 二度と家には帰らない、迷惑をかけることもないと約束する。お葬式を出してほしいって、私が直々に書き残すわ。それを見れば父や継母だって大喜びで飛びつくでしょうよ」
「……本当にいいのね? あとでやめたなんて言っても取り返しはつかないわよ」
ルウはヘルーシアが持ってきた便箋にサラサラと署名つきの手紙を書いた。
ヘルーシアに手渡すとき、便箋が起こした風からもふわりと甘い杏のような香りがした。
「これでいい? もう第三王子の名前を使うのはやめてちょうだいね」
「そんなもの知らないわよ。でも、約束を破ったら許さないから」
「もう二度と会うこともないけど、お達者で」
ヘルーシアに追われるようにして、ルウはベランダを飛び越え、あらかじめ積み上げておいた木箱に着地した。
――結局、理由は分からずじまいでしたが……
あとはヘルーシアに任せようとルウは思った。
――まあ、私は困らないですからね。一応やめるように警告したので、私の義理は果たしました。
しかしどうにもモヤモヤが晴れない。
――ヘルーシアは何がしたかったんでしょうか……?




