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52 行方知れずのあの人は①

◇◇◇


 ルウ・ソーニーが第三王子の使用人を志して、家出してしまった。


 そう聞かされたのは、夜、帰宅したあとだった。すぐにでも迎えにいきたかったが、常識的に考えて、明日にすべき時間だ。


 ディーンは自宅で後悔にさいなまれていた。眠れない体質だから、余計に考え事をしてしまう。


 今こうして振り返るなら、彼女には失礼なことばかりしてしまっていた。


 ハミルトンが誤解で暴走したこともそうだが、本人がいいと言うから、ついメイドの扮装をずるずると続けさせてしまっていた。制服が思いのほか似合っていたので、ディーンも止める気にならなかったのである。それどころか、紅茶をかいがいしく淹れてくれる彼女を密かに可愛いと思ってすらいた。実に呑気なことだ。


 執事から冷遇され、使用人の仕事をさせられて、彼女は何を思っただろう。


 楽しそうにしていたが、本当は笑顔を取り繕っていただけなのかもしれないと思うと、後悔で胸が締め付けられる。


 初対面ではさんざんに罵った。誤解とはいえ、騎士団長と密会していたと勘違いしたときには周囲も憚らずに大声で責め立てた。


 なぜあんなに身勝手な振る舞いばかりしてしまったのだろう。


 ソーニー嬢はいつだってニコニコしていたのに。


 彼女があまりにもひょうひょうとしていて、何も感じていない風だったので、それに甘えてしまっていた。


 ――とにかく、彼女を迎えに行かなければ。


 ディーンはその日の夜をまんじりともせず過ごし、翌日の朝一番に王子殿下を訪問したい旨のメッセージを送った。使者が許可を取り付けてきたので、さっそくその日のうちに部屋を訪ねる。


 彼はすんなりと部屋に招き入れてくれた。


 第三王子・ギブソンは、王族に共通の外見をしていた。輝くような黄金の髪と、竜のうろこを思わせる深緑の瞳、人外めいた雰囲気のある細長い虹彩。


  始祖王はドラゴンの一族で、人間の娘に一目惚れをして結婚したという伝説が伝わっている。以来、王族は代々特別な竜の『才能』を受け継いでいるらしく、それが外見に現れているのだということだった。


 ただし、魔獣との間に子どもができることなどないので、伝説はあくまでも伝説でしかない。


 王族の『才能』の実際に関しては秘密にされているため、ディーンも知らなかった。


「やあ、いらっしゃい。最初に言っておくけど、今は彼女と会わせることはできないよ」


 きっと彼女は嫌がっているのだろう。


「まず、私に事情を説明してもらえないかな? 詳しいことは何も聞かされていないんだ」


 ディーンは意外に感じた。王家の人間は総じて高慢で冷たいという噂を聞いていたからだ。しかし彼の第一印象は、人当たりのいい好青年だった。笑みの形に細めた瞳に、口角が釣り上がった口元。作り笑いにしろ、友好的に接しようという意志を感じる。


 ――人を噂だけで判断するのは……


 ソーニー嬢が言っていたことを思い出し、ディーンは認識を改めることにした。噂はどうあれ、ギブソンの人となりは、これからディーン自身で見極めるべきだろう。


「手違いがありまして。こちらに使用人として紹介してしまったソーニー嬢は、本来私の婚約者だったのです」

「へえ、面白いね。いったいどんな手違いがあればそうなる?」


 ギブソンはやや呆れたように言い、ディーンにちらりと敵意のようなものを垣間見せた。


「それに、その格好……その制服は私のデザインだと知っていてのことなのかな?」

「お叱りはごもっともです。しかし、この服もソーニー嬢とかかわりがあるのです」


 ディーンはできる限り素直にいきさつを話した。


「……それで彼女は、君を見限って、私のところに来た、と」

「はい。ご迷惑をおかけいたしました」

「私に謝られてもね。ソーニー嬢に言うべきではないかな?」

「はい」


 ディーンは心から反省していたので、ひたすら詫び続けた。


「直接謝罪したいのですが、会わせていただけませんか?」

「うん。それは無理だよ。だって彼女、ここには来てないからね」

「……え? 来たとさっきおっしゃったのは」

「詳しく聞きたかったから」

 

 どうやら試されたらしいが、問題はそんなことではない。


「ではどこに?」

「知らないよ。迷子にでもなっているのかな?」


 ディーンは青ざめた。行き先が分からない。つまりそれは――


「誘拐されたのか……!?」

「どうだろうねえ。彼女、噂では男性関係が派手なんだろう? どこかに転がり込んでるんじゃないかな」

「彼女はそんな人じゃありません」


 ギブソンは噴き出した。傑作だとでもいうように、腹を抱えて大笑いする。


「悪女にたぶらかされた男はみんなそう言うんだよ。純情だねえ」


 馬鹿にされて頭に血が上りかけたが、言い争っている場合でもない。

 

 人さらいにでも遭っていたら大問題だ。彼らは組織的なルートを持っているから、連れ去られるとまず見つからない。


 とにかくすぐに捜さなければ、と焦って立ち上がったディーンに、ギブソンは落ち着きはらった様子で、「まあ、待ちなよ」と言った。


「そんなに慌てることはないよ」

「しかし、一刻も早く捜さないと、奴隷商に捕まって船にでも載せられたら……!」


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