51 彼女の真意②
「しかしやはりこの制服は問題だよなぁ」
この日何度も聞かされた愚痴だったが、騎士団長が言うのなら真剣に受け止めざるを得なかった。
「変更しないのですか?」
「いんや、格好いい制服でないとダメだという王子のお達しなんだ。実際、第三王子の肝煎りで制定されたこの服に変わって以来、入団希望者が三倍に増えた」
「そ、そんなに効果があるんですか」
「モテるからな」
ディーンは聞き間違いかと思ったが、騎士団長は大真面目だった。
「この制服は女性受けが抜群によくてな、とにかくモテる。お前も服をベタ褒めされたことがあるだろう?」
心当たりがありまくったので、ディーンはもはや何も言えなかった。
「『女性のウエディングドレス』、『聖職者の祭服』、『騎士の制服』。効果的に難を隠してくれる三大衣装だとちまたで言われているらしい。一見何の変哲もないゴリラでも白馬の王子様に変えちまうって大評判だ」
ディーンは制服の腹を撫でた。やわらかい。
「……彼女はこの服を、『ゴミみたいだからいらない』と言いました」
「見てくれだけの服なんかには騙されないってかい、しびれるねえ。本物のいい女ってのはやっぱり目の付け所が違うもんだな。あと十歳若ければ俺が」
「冗談でもおやめください、私の婚約者ですよ」
「ケッ、誰のお膳立てで婚約までこぎつけたと思ってやがる。告白はソーニー嬢任せで取り持ちも俺任せだっただろうが。お前はただ幸運が転がり込むのをぼけっと眺めてただけだ」
まったくその通りだと思ってしまったせいで、ディーンはうなだれた。
「彼女はこの服を私の気持ちだと言って渡してくれたんです」
「のろけか貴様。羨ましいからいっぺん殴っていいか?」
「いえ……それが、よく分からない謎かけをされまして」
いまだにディーンには真意がつかめない。
「『縫い目のないシャツを作れたら恋人になれるという歌がある。その服が私の気持ちだ』。これはいったいどういうことでしょうか」
「そりゃお前、お前の恋人になりたいってことじゃないのか」
「……縫い目は増えているんですが。縫い目を増やした服を手渡すのは、『お前の恋人になどなる気はない』ということなのでは……?」
「さてねえ……色恋の問答は色々聞いたことがあるが、それは初耳だな」
アルジャーはやや考えてから、手を打ち合わせた。
「『つれないあなたの恋人になりたくて、できそうにもないことにも挑戦してみました』、って文句言われてる可能性は?」
「……彼女は色恋の話など一度もしたことがありません。興味もないと言っていました」
「ああもう、馬鹿だな、お前は」
騎士団長は短気を起こして、ディーンの肩をバシンと叩いた。
「そんなもん本人に聞けばいいだろうが。しかしまあ、その仕立て直しはお前の身体を気遣ってのものだろうから、悪い意味じゃあないと思うがな」
「……」
「ソーニー嬢はお前が肘を痛めているのに気づいてたよ。で、なんとかしてやりたいと俺に相談してきた。そんときに、お前がソーニー嬢を毛嫌いするから、とりつく島もないとも言っていたぞ。お前の最低な態度を、縫い目のないシャツを縫わせようとする酷い男のバラッドになぞらえたんじゃないか? かぐや姫ばりの無茶ぶりだよなあ、まったく」
「カグヤ……?」
「知らんのか。常識のないやつめ」
騎士団長は馬鹿馬鹿しいとでもいうように手を振り、話を打ち切る姿勢を見せた。
「つまり、お前が好きだってことだろう。単純なことじゃねえか」
そうは言われても、ディーンにはまるで納得できなかった。
――愛も恋も分からないと言っていたのに。
ディーンはその日ずっと、モヤモヤとすっきりしない気持ちでルウのことを考え続ける羽目になった。彼女があえてでたらめなことを言い、ディーンを惑乱させているなどとは、知る由もない。
ディーンの知る限り、ルウはディーンの屋敷に来てから、ずっとメイドごっこをして遊んでいる。さりげなく監視させているが、夜遊びの証拠がつかめたのはアルジャーとの一件だけだ。ほとんど何も知らないのに等しい。
――当然だ。私は、彼女と対話をしてこなかったのだから。
先入観で悪女だと決めつけて罵ったり、外見が目当てなのかと嘲笑したり、さらには距離を置こうとしたり、ルウには失礼なことばかりしていたように思う。
本当はきちんと誠意を尽くして、会話をしてみるべきだった。
――……帰ったら、まずはソーニー嬢に詫びて、礼を言うべきだ。それから……
あの謎かけがどういう意味なのか、ちゃんと聞こう。
せっかくのディーンの決意は無駄になった。
帰宅したら、彼女がいなくなっていたからである。
それから何日も、ディーンは彼女を捜し歩くことになった。
◇◇◇
ルウは新居の真新しいベッドから起き上がり、思い切りのびをした。
――いい朝! 秋が深まってきましたねえ!
暑くもなく、肌寒くもない、最高の季節がやってきた。
木板のはまった窓をあけ、朝日に目を細める。通りからは機織り工場や朝の市場の喧噪が流れてきて、少々小うるさい。窓の下には、働き者たちが牛乳の缶や野菜の籠を荷車で引く光景が広がっていた。
部屋は一人暮らしに十分な広さがある。明るいストライプの壁紙に、木のテーブル。台所とバスタブまでついているのだから贅沢だ。
――さて、私も早く支度しなきゃ。
町人がよく着ているようなエプロンスカートを着込むと、ちょっとやそっとでは見つからないと思うほど普通の町娘ができあがった。
――髪を染めてもいいんですが、これは気に入っていますしねぇ。
ルウの黒髪は、日に透けると錆のような茶色が浮き、夜の闇の下だとインクのように真っ黒に輝く。よくある髪の色で、特別に人から珍重されるようなものでもなかったが、自分は気に入っている。
――まあ、いいでしょう。まさか誰も貴族令嬢がこんなところにいるだなんて思わないでしょうし。
ルウはウキウキで仕立屋の『お針子通り』に行き、いつも通りにお針子のバイトを開始した。
通りを行き交う人々を眺めながら、のんびりお喋りをして、針を進める。持参したマグカップの紅茶にはもちろんたっぷりはちみつを入れていた。スプーンでちょっとずつ食べながら針仕事をするルウに慣れっこなので、誰も騒いだりはしない。
途中でトゥワイラが顔を出したので、声をかけた。
「トゥワイラさん、今度の週末また泊めてくださいよ」
「いいよ。でも久しぶりだね」
「つきっきりでけが人の看病をしてたんです。やっと治ったみたいで」
「へぇ、大変だったね」
「新しくメイド服作るんですよね? 手伝いますよ」
「ほんと? ありがと。ルウと一緒ならすぐ終わるね」
これこそが、ルウの手に入れたかった日常だった。
ほしかったものを手に入れ、ルウは幸せだった。




