50 彼女の真意①
「… …馬鹿にしているのか?」
ディーンがすごむと、彼らは勢いよく首を振った。
「んなわけねーじゃん!」
「俺そんな嫌なやつに見える!? ショックなんだけど!」
「お前がそんなラフな服着てんの初めて見たから、みんなびっくりしたんじゃないのかな」
「ちょっと騎士団長っぽいよな」
「あー、あの人はこういうの着そう」
わやわやと勝手なことを言い出した彼らにつられて、ディーンも改めて鏡に映る制服を見た。
――かっこいい……か?
似合う似合わないでいったら前の方が合っていた。自分ではそう感じる。
「いやほんと、いい感じいい感じ」
「今までは近寄りがたかったけど! そういうのも似合う!」
「でもさあ、急にどうしたの? お前あんまりこういうの着るイメージないんだけど」
「……どうもするか。勝手にやられたんだ」
ディーンが苦い気持ちで吐き捨てると、彼らはあちゃーという顔になった。
「あーあの、噂のすごい悪女」
「ソウ・ルーニーだか、ルウ・ソーニーだか」
「噂だともんのすごいスタイル抜群の美女らしいけど」
「こないだちらっと見たけど、ファビュラスな感じだった」
「え、あれ上げ底でしょ。谷間が不自然だった」
「でもなんか仕草がエロそうでさあ」
「やめろ。私の婚約者だぞ」
ディーンが抗議すると、彼らはさらに盛り上がった。
「付き合ってるって聞いたけど、婚約まで行ってたんだ!?」
「じゃあもうなんかした?」
「するか。お互い不干渉と決めている」
「えーそうなの?」
「でもソレやってもらったんならよかったじゃん」
「そうそう。仲いいってことでしょ?」
「だいたいさぁ、うちの制服動きにくいよなぁ」
「分かる……実技訓練の日はマジで絶対どっか痛めるもん」
「訓練で戦闘力下がってたら意味ないよなぁ」
「鎧のときはどうせ着ないからいいけどさぁ」
ディーンは彼らの話を聞くともなしに聞きながら、みんなが動きにくいと感じていたことに少し驚いていた。
「……服のせいで腕を痛めているやつって多いのか?」
「オレオレ、オレは痛めてる」
「俺は肩がいてえわ」
「実は僕も首の筋が痛くて痛くて……」
「なんだよお前らみんなかよ――俺は手首がヤバいです」
ディーンは絶句した。ここまで来るともはや災害だ。
「第三王子って剣とか振るったことあるのかな」
「ないない。あったらこんなデザインにしないわ」
「王族だから訓練なんかしなくても素の人間より強いんじゃないかな」
王族の男子は代々超人的な才能を持って生まれることで知られている。
「そうそう。俺らの体力なんて想像してみたこともないでしょ」
「あの人着道楽で新しもの好きなんでしょ? だからさ、自分とこの騎士団に好みの制服着せるのには興味あるけど」
「ひとりひとりの健康には眼中なしってか」
違いない、と笑い合う彼らと一緒に、訓練場に出た。
今日は実技訓練の日だ。全員で身体を鍛え、剣の練習をする。
ディーンは練習用の木剣を振り上げ、振り下ろして、一発で違いを実感した。
――服がまとわりつかない。引っかからない。
服のわずかな突っ張りなど、これまで意識してこなかった。魔獣との戦闘中にそんなこと言っていられないからだ。
しかし、いつもならズキズキ痛んでくるはずの肘が、いくら素振りをしても痛まないとあれば、これまでどれほど無意識下でストレスになっていたのかを実感せずにいられなかった。
訓練メニューをこなしたあとは、ペアになっての練習試合だ。
審判を立てて、トーナメント方式で剣の腕を競い合う。
ディーンは信じられないくらい順調に勝ち上がった。
最後のひとり、剣の腕一本で聖騎士に採用された庶民出の同僚をなんなく下す。
「すげえな、公爵サマ。あんたそんな強かったっけ?」
対戦相手からもやっかみまじりにからかわれて、ディーンはいよいよただごとではないと感じた。
成り行きを見守っていた騎士団長が、重い腰を上げる。
「よし、ディーン。たまには俺と対戦するか」
「! ――よろしいのですか?」
騎士団長と手合わせしてもらえる機会などそうあることではない。
彼はもう三十を超えているが、それでも体力の有り余った聖騎士たちをひとひねりできるほどに強かった。
ディーンは全神経を尖らせて、勝負に挑んだ。
決着は一瞬でついた。
騎士団長が故障気味の右腕を叩く前に、ディーンが彼の肩に有効打を入れた。
騎士団長がフェイスガードを上げて、ディーンを鋭くにらむ。
「お前、その服どうした?」
ディーンは真っ青になった。制服を改造して勝つなんて、不正だと誹られても仕方のない行為だ。
「もっ、申し訳ありません、これはあの人が」
我ながら弁明じみていると思いながら発した言葉に、騎士団長がにかっと笑う。
「ソーニー嬢か! いやあなるほど、すばらしいセンスをしている」
てっきり叱られると思っていたディーンは、ぽかんとした。
「なあ、ディーンよ。私がなぜ制服をきちんと着ないのか不思議に思ったことはないか?」
「は……ええ……独自のスタイルを確立していらっしゃってさすがだと……」
「世辞はいい。単純に私の体格はゴツすぎて、この細身の軍服に合わないのがひとつ」
騎士団長は筋骨隆々――を通り越し、少々盛り上がりすぎた肩の筋肉をばしんと叩いて、言う。
「もうひとつはな、剣が振るいにくいんだ」
ディーンは驚きっぱなしだった。まさかまさか、全盛期には軍神とまで言われた騎士団長すらも、この制服が邪魔だと思っていたなんて。
「その改造は私が邪魔だと思ったパーツを完璧に手直ししてある」
丸太のような手首――ぶかぶかに作った特注の制服を腕まくりして晒している――をバシバシともう片方の手で叩きつつ、騎士団長は深くうなずいた。
「相当見る目がある。ソーニー嬢は剣術の心得でもあるのだろうか?」
「まさか……」
「それなら男性貴族用の仕立服を作り慣れているのかもしれないな。いやはやいい腕だ」
団長はひとりで勝手に納得しているが、ディーンには分からないことだらけだ。
――なぜ貴族令嬢が仕立ての手技を? 刺繍の手習いなどとはわけが違うだろうに。
得体の知れない娘である。




