5 悪女とは何か調査します②
二件目のバイト先は瀟洒なカフェだった。軒先の美しいパラソルの下にいくつものどっしりとした飴色の木のテーブルがあり、優美なカーブのかかった木椅子が花びらのように配置されている。
店内は壮大な宮殿風の造りで、天井付けの巨大なガラス窓からさんさんと午後の光が降り注ぎ、壁面に石膏で盛られたフェイクの柱廊と、その柱に刻まれた女人像をより一層白く見せていた。
今日は過ごしやすいからか、来客は外のカフェテラスに長居し、思い思いに時間をつぶしている。
ルウはそこの給仕だった。黒の執事服を女性に似合うとされるショールカラーでモードに仕立て、ブラックタイを締め、髪型は男性の使用人風に低い位置で一本にまとめている。女性客に割と好評で、今日も景気よくチップを弾んでくれるマダムに恵まれ、カウンターの下にせっせと小銭を貯め込んでいる。
店主のおじいさんはストレートチップの靴先をぴかぴかに磨いて、燕尾服でビシッと決めた紳士だ。若いころは貴族の家に仕えていたという。彼はコーヒー豆をごりごりと削りながら、ルウが持ちかけた相談事に、ふむ、とうなった。
「悪女はみんな男を手玉に取るわけだから、見た目が極上の美女じゃないとね」
「一理ありますね」
「美女ならうちの店にもよく来るだろう。ほら、あちらの席の女性なんてどうだい。あれは民衆劇場の名物脇役女優だよ。あの美貌と、男を手玉に取る悪女の演技で十年に一度の逸材と言われてる」
ガラス向こうのテラスに、ゴージャスな巻き髪の美女がいた。大胆にさらけ出した谷間やなで肩がセクシーだ。少し継母のゴディバに似ていて、しどけなくたばこを吹かす仕草が雰囲気を醸し出していた。
「あれはちょっと。素材が違いすぎますね」
ルウはあんなに大人っぽくない。それに、あの格好をする勇気もなかった。
「私にも実践できそうな範囲の悪女って何かないでしょうか」
「なんでまた悪女になろうと思うんだい。お前さん、真面目ないい子じゃあないか」
「継母と折り合いが悪くて、家を出たいって話をしたのは覚えてますか?」
「もちろん」
ルウはよそのバイト先でも自分の正体を明かしたことはなかったが、このおじいさんにだけ、フェイクを交えながらも少し踏み込んだ事情を説明していた。
「反対する人もいて。その人にも勘当致し方なしと思わせる悪事が必要なんです」
王妃様に悪女と認めてもらうのが手っ取り早いのだ。
「そうかい。じゃああっちの貴婦人はどうだ」
その人はどちらかというと幼げで小柄だった。美しい女性だが、悪そうではない。
「悪女には見えませんけど」
「甘いねえ。仕草をよく見てご覧」
女性は少し斜めに座って、手にした小説を眺めている。
けだるげに髪をかきあげた女性が、ふと隣の席で見とれていた男性に気がついた。
にこりと笑顔で男の視線を受け止め、本に目を戻す。
やがて隣の男性が席を移って、女性に熱心に話しかけ始めた。
女性は怯えることもなく、男性の肩を軽く叩き、本の中身を見せてやっている。
「男に対する距離が近いだろう?」
「言われてみれば」
「あれは相当な悪女の仕草だよ。悪女は決して男を怖がらない」
「悪女は男を怖がらない……」
「一見おとなしそうな見た目で油断させるのも悪女の手管だよ」
「油断させるのも悪女の手管……」
それならルウにもなんとかなりそうだ。
やがて男性から注文が入り、強い酒のグラスをふたつ届けることになった。
ルウはしずしずと届けにいくついでに、会話を小耳に挟んだ。
「では次に勝ったら、今夜のディナーの代金もちょうだいしますわね」
何かのゲームをしているようだ。男性がトランプをテーブルに並べている。すでにいくらか女性が勝ったようで、小銭の山が積まれていた。コーヒー代と昼食代、それにいくらかのデザート代ぐらいにはなるだろうか。
悪女に見えない悪女は、ルウにお礼を言って、小銭の山からひとつかみ手渡してくれた。通常より多い金額を握らせて、にこりと微笑む。あまりにも魅力的なので、ルウもちょっとドキリとした。
――綺麗な人……じゃなかった、賭け事で相手から食事代を巻き上げるなんて、すごく悪女っぽいです!
ルウは参考にすることにした。