49 ミッションコンプリートです②
――お湯を使ってから出ていきたいですねぇ。次はいつになるか分かりませんし。
ルウはメイド服を着込んで、せっせと熱湯をバスタブに運び入れた。全身を綺麗にしてから、置いてあるタオルを何枚も使って髪の水気をすべて拭き取る。
――これなら日光に晒せばすぐ乾きそうですね。
メイド服も丁寧にしまい込み(お駄賃代わりにもらっていくことにした)、町娘風のワンピースを着込む。
うきうきのルウが窓から飛び降りようとしたそのとき、いきなりノックの音がした。
「はーい!」
鞄をとっさにベッドの下に隠して、いかにも優雅にお茶を飲んでいたかのように、ポットの冷めた紅茶を注ぎ入れた。
「失礼します、ソーニー嬢」
いやに慇懃無礼なお辞儀をしたのは、執事のハミルトンだった。
ルウも彼に合わせて、馬鹿丁寧に話しかけてやる。
「これは執事様、ごきげんよう。しがないメイドに何のご用でしょうか? 私の掃除に至らない点でもございましたか?」
ハミルトンはムッとしたのを隠せていなかったが、ともかくも穏やかな口調を装って話し始める。
「今朝がたのことですが、ディーン様は大変に嘆き悲しまれまして」
「今にも泣き出しそうでございましたねぇ」
ルウが悪女のようにくすくす笑うと、ハミルトンは露骨に顔をしかめた。もはやいらだちを隠すつもりもないようだ。
「堅物の自分には、とてもソーニー嬢を満足させることなどできない。ソーニー嬢ほどの個性豊かで美しい方なら、きっと引く手もあまただろうから、どうか別の方のところに行って欲しいとの仰せでございました」
「まあ、私、フラれましたのね」
自分でしでかしたこととはいえ、少し悲しい。
しかし悪女の台詞でもないかと思い直し、次の瞬間にはふんぞり返った。
「まあ、当然ですわね。わたくしほどのいい女、ディーン様のような器の小さな方にはもったいなくってよ」
おほほほほ、と笑うルウに、ハミルトンは我慢の限界が来たようだった。
「あなたには別のお屋敷の推薦状を用意してあります。これを持って、とっとと出ていってください」
ルウは手渡された封筒を裏返してみた。封蝋にはディーンが個人で使っているユニコーンの記章が刻印されている。サインはないので、本当にディーンが書いたのかどうか。ハミルトンが代筆したのかもしれない。
「第三王子宛てです。ディーン様に負けず劣らずの伊達男ですが、女性泣かせで有名な方なのだとか。あなたのような奔放な女性にはぴったりでしょう」
いつかのパーティでルウに声をかけてくれた王子だっただろうか。いや、あれは第二王子だったかもしれない。
――思い出せませんが、ちょうどよさそうですね。
女性泣かせだということは、個々の女性に興味関心が薄いということ。ルウが紹介状を持って失踪しようと、気にも留めないだろう。
ルウは渡りに船と考え、第三王子のところへ行くと見せかけて、消えることにしたのだった。
ルウは旅行鞄を携えて、軽い足取りでウィラード邸を出て行った。
◇◇◇
この日を境に――
ルウ・ソーニーは貴族の世界から失踪した。
◇◇◇
ルウが屋敷を出た頃。
ディーンはルウの思惑にまんまとハマっていた。
――これが気持ちとは、どういうことだ?
制服はもはや台無しだ。三レベルくらい芋くさく、そして貧乏くさくなっている。
まず全体のシルエットがダメだ。だぼだぼでかっこ悪い。ディーンのように細身の男だと、貧相に見える。
――私などこの芋くさい服がお似合いだとでもいうのか?
ディーンは悶々と思案する。
――あるいは、針も糸も使わずに縫うことなどできない……と、このひどい出来の服を見せることで、『私はあなたの婚約者にはなれませんでした』と言いたかった……とか?
ディーンはずしりと胃が重くなるのを感じた。
実のところ、その説が一番辛い。
嫌われたのかもしれないと思うと、息ができなくなってくる。
ディーンは最悪の気分で騎士団の駐屯所に通勤した。
人の背丈の倍はある高い塀にぐるりと囲まれた広大な土地に、城塞風の建築物が何棟か建っている。庭は平らに整備されており、トレーニング中の騎士たちが行き来しているのが遠目にも見えた。
ディーンは馬車を家に帰してから、訓練用の木剣を取りに、練習用の用具室へと向かう。
同じく通勤してきた同僚たちがそこにたむろしていた。
親しい友人がディーンを見て、目を丸くする。魔改造された制服が意外すぎたに違いない。
「なあ、お前、その服……」
友人――コルビーが近寄ってきて、じろじろと制服を見た。
そしてディーンの肩を親しげにこづいた。
「すごくいいな!」
それを皮切りに、遠巻きに見ていた同僚たちもやってきた。
「分かる! なんか色気がある!!」
「めっちゃおしゃれ! どうしたの!? 好きな子でもできた!?」
ディーンは気分が落ち込んでいたので、盛り上がっている彼らに死んだ目を向けた。
「……首元がだらしないだけでは?」
「そういうもん!?」
「言われてみれば開いてる! けどいいじゃん、似合うよ!」




