48 ミッションコンプリートです①
◇◇◇
改造は、ディーンが制服を脱いでいる夜間に、すばやく行わなければならない。
――タイムリミットは夜明けまで。それまでにできることをやらないと。
ルウは刺繍が早いが、それでも一晩で服を直すなど正気の沙汰ではない。
早く帰宅した彼が服を着替えて剣の練習に行ったのを見計らい、クローゼットから制服をくすねてくる。
寸法は以前勝手にメモしておいた。糸も買い足してある。似た色の裏地も手に入れた。
ルウはとにかく腕周りを中心に猛スピードで手を入れた。肩章とパッドを取り除いて芯地をこれでもかというくらい剥がし、袖の下がつっぱらないよう縫い直す。硬く縫い付けられている袖のボタンと装飾も外して、勝手に袖へと切り込みを入れ、必要とあらばボタンを外すことで動きやすくなるようにした。
襟と身頃にも大幅に手を入れ、とにかく動きの妨げになるものは取っ払った。
朝はあっという間に来た。
ルウは一心不乱に縫い物をしていたため、薄暗いワードローブがさっと開かれて朝日がさしたとき、目を痛めてうめいた。
「なっ……ソーニー様、そんなところで何を……!?」
ハミルトンがうわずった声で言い、視力を奪われて動けないルウから制服を取り上げた。
「あっ……!? ふ、服が……!? なんだこれは……!? クラゲのようにぐにゃぐにゃに……!?」
「なってますか? それならよかった……」
ルウは目をしょぼしょぼさせながら、裁縫道具を片付けにかかった。
「何がいいものか! 待っていろ! すぐにディーン様に言いつけてやる!」
ハミルトンは情けない捨て台詞を残して出て行った。
ルウがワードローブから出て行くと、パジャマ姿で難しい顔をしているディーンとばったり出くわした。
「ご主人様、おはようございます」
ルウがすっとぼけた挨拶をしても、ディーンはくすりともしなかった。
ばさりと、制服を投げつけられる。
「なぜこんなことを」
押し殺した声は泣きだしそうに聞こえた。
「小人のイタズラでございます」
「ふざけるな」
ルウはやりきったという満足感と徹夜明けのハイテンションで、うっすらとニヤついていた。そんなルウを、ディーンが今にも刺し殺しそうな目で見ている。
「……あなたがイタズラばかりするのは、誰かの気を引きたいからなのではないかと、ずっと思っていた。悪女のふりも、男性と遊ぶことが目的なのではなく、構ってもらいたいからなのではないかと――」
「いえ、まったくそのような事実はございません」
実家から逃げるためにやっていた。
ルウが重苦しい空気など何のそので軽やかに否定すると、ディーンはいらだちを煽られたようで、声を大きくした。
「あなたが遊び相手を探しているのなら、私が――私は、あなたにならイタズラをされても構わないと思っていた」
「してみましたが、いかがでしたでしょうか」
「あんまりじゃないか!」
――あー、やっぱり怒髪天を衝いてますねぇ。
イタズラ好きなルウもさすがに罪悪感を覚える。友達だと思っていた相手にこんなことをされればそれは誰でも怒るだろう。
――どうしましょうか。
ルウはもうここで退場してもいい。果たすべき義理は全部果たした。お別れを告げるべきだろうか。
“ルウちゃん、いいことを教えてあげる。”
ふと、昔母親が言っていたことを思い出す。
“誰かをものすごく怒らせてしまってどうしようもなくなったら、他人の言葉を引用して、謎めいたことを言いなさい。”
ルウの母は『神託』の『才能』を持っていた。そのため、分かったような分からないような教えをたくさん言い残してくれたのである。
“童話でも童謡でも、聖典でも古典でも何でもいいわ。関係がありそうでなさそうな言葉ほど、『え? どういうこと?』と思い、意味を考えているうちに、相手の怒りは鎮まっているわ。”
ルウの母親はこれを有言実行していた。何事につけてもはぐらかすのがうまかったのである。
予言と占いで王族から重用されていた女の実態がこんなだと知れたら、きっと大事になっていたことだろう。しかし今のルウには王族すらも騙くらかす詐欺師のテクニックがありがたかった。
ルウは急ぎ、関係ありそうでなさそうな引用を考えた。
そして、いかにも重大ごとを話すという調子で、ゆっくりと口を開く。
「……縫い目のないシャツをご覧になったことは?」
ディーンが『は?』という顔でこちらを見た。
「バラッドにございますでしょう。『針も鋏も使わずに、縫い目のないシャツを仕立てられたら、あなたは僕の本当の恋人になれる』――という歌が」
「それが何か?」
「この制服がわたくしの気持ちでございます」
ディーンは訳が分からないという顔をしている。当然だろう。言ったルウにも意味が分からないのだから。
ルウは投げつけられたままの制服を丁寧にたたんで、ディーンに手渡した。
「どうかこの服をお召しになってくださいませ。きっとわたくしの気持ちがお分かりになるはずですわ」
メイド服の裾をちょんとつまみ、仰々しく挨拶をして、ルウはその場を後にした。
ディーンは追いかけてこなかった。
おそらくクソ真面目な彼のことだから、真剣に謎かけの意味を考えているのだろう。そう思うとちょっと面白い。
そして彼は、あれを着て騎士団に行くことだろう。なぜなら彼は本当に真面目で、人から『これが気持ちだ』といって渡されたものを捨てることができないからだ。
ルウはニヤニヤしながら、仕事の区切りを祝って、ひとつ大きく伸びをした。
――これですべて終了。あとはとっとと撤収しましょう。
ルウは大急ぎで部屋に戻り、荷造りを始めた。といっても、荷物はそれほど多くない。多少の筆記用具と裁縫道具、数日分の着替えと寒いときの外套。旅行鞄の三分の一にも満たない量だった。




