46 お節介を焼いてみます⑦
◇◇◇
数十分後。
ルウはにこにこしながらディーンとお茶をしていた。
ディーンは昔あった魔獣退治の話を聞かせてくれている。
「……それで、その変な跡は、巨大なネズミ型モンスターの歯型だったんだよ」
「歯がそんなに大きいのなら、実物は何メートルあるんでしょうか」
「大きいなんてもんじゃなかった。体重もすごくて、走り回るだけで地響きが」
――ディーン様、思いのほか良く喋りますね。
真面目な顔でルウを冷たくにらんでいたときは、これはもう一生打ち解けないだろうと思うくらいの手強さを感じたが、蓋を開けてみたらそんなことはなかった。
――話せば案外聞いてくれますし、私のメイドごっこもなんだかんだ大目に見てくれてたりして、実はそんなに石頭じゃないのかも?
ルウはディーンに『話友達』という感覚を抱き始めていた。
ディーンが話の切れ目に、ふと思いついたように言う。
「ソーニー嬢はあまり色恋の話をしないんだな。最近はどこに行っても――パーティでも騎士団内でもそんな話ばっかりだったんだが」
「するときはしますよ。自分のことは恥ずかしいので喋りませんけど」
「恥ずかしいのか、意外だな。あなたは内緒にしておかねばまずいことまで何でも喋りそうだと思っていた」
「またそうやって見た目で決めつけて……まあでも、ディーン様は恥ずかしがって何にも喋らなさそうですね」
「恥ずかしい、というか、好きじゃないんだ。だからあなたとは話しやすい」
――そんな感じ。
なんとなく、政略結婚した相手と生真面目に付き合って生真面目な家庭生活を送りそうなタイプだと思った。
「ディーン様は政略結婚の方が向いてそうですね。直接愛を語ってはくれなさそうですけど、奥様のことをすごく大事にしそうな感じがします。お相手の方はお幸せでしょうねえ」
ルウが他人事のように言うと、ディーンは照れているようなそぶりを見せた。
「あなたは政略結婚をどう思ってるんだ?」
「え? それは嫌に決まってますよ。だって実母が政略結婚したせいでご覧の有様ですし」
「愛がないと、ということだろうか」
「いえ、愛も恋もよく分かりません。私の父と継母が万年いちゃつきカップルをしていたので、『私を犠牲にして育む恋はそんなに楽しいですか?』と少々うがった見方をしておりました」
ルウは父の『身分違いの恋』とやらの一番の犠牲者である。
「時間がたったらそのうち気が変わるかもしれませんが、少なくとも今は恋愛の話を聞くと父を思い出してやさぐれてしまうのでいりません」
ははん、と鼻で笑うと、ディーンも追従でか、かすかに笑った。
「……分かるよ。私も愛や恋を振り回して人を傷つけるやつらの気が知れない」
「あは。そうですよねえ」
ルウは紅茶を飲む彼をそれとなく観察する。いつの間にか、彼は険しい顔をしなくなっていた。笑顔もちらほら見られる。
――ディーン様の警戒も薄くなってきている気がします。
上首尾を確認し、ルウはこの後の予定を思い浮かべる。
――あとはどうやって騎士団長のろくでもなさを理解させるかと、制服の改造を受け入れさせるかですね。
実のところ、攻めあぐねている。
――月曜に期待しましょう。アルジャー様がまだ辛うじてダメじゃなければ、ディーン様に忠告してくれるはずです。
制服の件はそれでなんとかなったとしても、アルジャーの株の下げ方は、実力行使以外にあまり思いつかなかった。
――いっそ本当にアルジャー様と不倫するとか? でも、ディーン様ならアルジャー様の肩を持ちそうですよねえ。一方的に私だけが悪いと決めつけられそうです。
ルウはその案を却下して、もう少し考えることにした。
――まあ、いいでしょう。とりあえず先に制服をなんとかしないと。
こっちは急を要する。完全に腕を故障してからでは遅いのだ。




