44 お節介を焼いてみます⑤
ルウはコインを戻して、再びシャッフルをする。
「それじゃあ次はディーン様のお知り合いの中で女の人に貢ぐのが好きそうな男の人を五人くらい教えてもらいましょうか」
「絶対に嫌だ」
「若くて健康で未婚の騎士様でお願いします」
「とうとう正体を現したか」
「私が負けたら死後聖女に列せられるような清らかな人生を送ります」
「両極端だな……」
「聖遺物はきっと触れるだけで難病が治癒する優れものとして取引されるでしょう。今のうちに触っておきますか?」
「どうせあなたはイカサマで勝つだろうに」
揺さぶりも三度目となると、ディーンに余裕が出てきた。
ルウは冷めたようなディーンの突っ込みに何となくムッとしたので、この勝負は落とすことに決めた。
役が作れる手札をわざと交換し、役なしで卓に出す。
「あら、負けてしまいました。最後の記念にどうですか? どんな病気も治してくれる聖女の遺骨ですよ」
ルウがにっこり笑って手を差し出しても、ディーンは触れてこなかった。美しい瞳をすがめて、ルウをうさんくさそうに見る。
「私を誘惑しようとしても無駄だぞ」
「酷いですねぇ。まあ、私の死後はどう考えてもヤバめの悪魔側ですけど」
ルウは先ほどディーンが言ったことを蒸し返しつつ、手を引っ込めた。
「私に聞きたいことはありますか? 何でも答えますよ。ちなみにディーン様の好きなところは銀髪です」
「な……何を」
「嫌いなところはすぐ怒鳴るところと、すぐ見た目で決めつけるところと、あとまあ性格全部です」
「全部……」
ディーンが小さく呟いたきり、しゅんとする。
思いのほか深く落ち込んでしまったので、ルウは慌てた。
「でもディーン様だって私のこと嫌いじゃないですか」
「そんなことはないが」
「そんなことあるときのお返事じゃないですか。何も質問がないのは私に興味ないからですよね?」
「いや、ある。しかし……」
ディーンはルウの顔色を窺うようなそぶりを見せた。
「野犬に噛まれた傷というのは、肩だけなのか?」
「そうですね。あと、背中にひっかき傷がいっぱい」
ディーンはルウの手先を見ている。袖口に隠している仕込みのカードがバレたのだろうか。冷や汗をかいているルウに、ディーンは思いきったように言う。
「……それは本当に野犬の仕業なのか?」
予想外のことを言われて、ルウははりつけた笑みを忘れ、不覚にも素の表情をさらすことになった。
「野犬に出くわしたら、まず、こう、手を突き出すか、かばうかするだろう? だから真っ先に腕をやられる。いきなり肩を狙われることはあまりない」
「ああ、腕にもあったんですけど、そっちは痕も残らずに綺麗に治りましたんで」
「そうか。それも嘘なのか?」
「いや、これは本当ですよ。何ですか、何を疑ってるんですか?」
「いや……何でもない。背中の傷は、鞭打ちで受けるものが大多数、という偏見があるんだ」
「すごい偏見ですね」
ルウが気楽に笑い飛ばすと、ディーンは納得したようだった。
「それにしても、あなたは痛そうなことが好きなのか?」
「え、嫌いですが……でも人から話を聞く分には楽しくないですか?」
「全然。あなたのその耳も、少し痛ましい」
ルウは自分の耳たぶに手をやった。ピアス穴が開けてあるのだ。貴族の娘が自分の身体に穴を空けるのははしたないことだとされているが、下町では普通どころか、成人するときに必ず空けることになっている。そのためルウも町娘になるには開ける必要があった。で、ついでなので耳たぶだけでなく、耳のふちにも何個か空けた。
「庶民なら普通ですよ」
「……庶民に憧れでもあるのか?」
「あー、そうかもしれませんねえ。貴族のお嬢さんっぽく見られたくなかったのは大きいと思います」
「きちんとしたご令嬢に見られて何のデメリットがあるんだ」
「嫌ですよ。何かカッコ悪いですし」
「どういうことなんだ……?」
「お嬢様育ちってなんかダサくないですか?」
「庶民育ちだと見られる方がご令嬢には屈辱じゃないのか?」
「うーん……うまく言えないです」
ルウには下町に友達が大勢いるが、その子たちと違う部分を持つのはやっぱり何だか恥ずかしいと思ってしまうのだ。言葉でも服装でも、何でも『同じ』がいい。違うと思われると、仲良くなれないような、そんな気がする。
「ピアスなんて大したもんじゃないです。ディーン様もやってみればいいと思いますよ。銀のシンプルなのとか似合いそう」
「お断りだ」
「びびっちゃって。痛みに強いってあんなに自慢していたのに、嘘だったんですか?」
「怖くはないが、好きじゃない。私のことはいいから、次の勝負をしようか」
ルウはカードを切り直し、うっかりディーンの顔色を見落として、ツーペアに負けた。
ディーンが顎に手を添え、ぽつりと言う。
「賭け札のクセが読めてきた」
「えっ……ショックです。よりによって単純なディーン様に読まれるなんて……」
「あなたは強いが、私を舐めきっているところが弱点だな……」




