42 お節介を焼いてみます③
ディー ンは眉をつり上げて、腕を組んだ。
「断る。あなたはイカサマをするじゃないか」
「でも、イカサマを見抜いたのもディーン様でしたよね。あのときから、実はアルジャー様より強いんじゃないかと思ってました。お気に召さないのでしたら、ご自分のトランプをお持ちよりくださっても結構でございますよ、ご主人様?」
「私はギャンブル自体が嫌いだ」
クリーンの権化のような彼にそう言われてしまっては、ルウとしても譲歩せざるを得ない。
――せっかくなのでお小遣いをまきあげてやろうと思ったのですが、仕方ないですね。
「では、賭けるものを変更いたしましょう。お金のやり取りはなし。お互いに、負けたら相手の質問に必ず答える――というのでいかがでございましょうか?」
「賭け事などしなくても、質問には答えるが」
「まあまあ。そう深く考えずに。ただの遊びですから」
ルウは自分の銅貨を十枚ずつ数えて、お互いの席に置いた。
「ご希望は? なければポーカーで。三ラウンドで一戦、チップが多い方が勝ち」
「……分かった。賭け金なしなら」
ディーンが納得してテーブルについたので、ルウはカードをしゃこしゃことシャッフルした。ついでにディーンの動揺を誘おうと、思いつきを口にする。
「私が勝ったら、手始めにディーン様がいくら払ったら片耳をもぎとらせてくれるかを聞いてみたいと思います」
「……!?」
怯えた顔で両耳をかばうディーンに、ルウはさっさとカードを配った。
「早くしてください。心配しなくても実行はしませんから。だいたいですね、耳って別になくてもいいと思いません? 片耳でも暮らしていけますよね」
「いやいるだろ!? 金に換えるものじゃない! だいたい論で言うならな、もいでどうするんだ、そんなもの?」
「コレクション?」
「ヤバめの悪魔か?」
うろたえているディーンの表情は読みやすかった。浮ついた手つきでトランプをひっくり返し、個々の札をチェックする。ルウはそのかすかな瞳孔の揺れ動きでどの札を注視しているのか見分けるのが得意だった。おそらく手札の二枚は残そうと思っている。イカサマのトランプが示すのはワンペアで、次の伏せ札は役なし。
ルウは強気にレイズをかけ、なんなく一ラウンド目を取った。
二ラウンド目、手元にエースのワンペアが来ていたので、コールをかけ続けてディーンからコインを巻き上げつつもう一ラウンド取った。
三ラウンド目は負けを悟ったディーンが全チップ賭けての勝負に出て自爆し、ルウの勝利となった。
勝ちを喜ぶでもなく、ルウはおっとりと首を傾げる。
「よく考えたら別に耳もいでも楽しくないですね」
「よく考えなくても気づいてくれ」
「じゃあ最初の質問です。ディーン様が聖騎士になろうと思ったのはいつごろ、どんな理由でですか?」
ディーンはマヌケな顔でルウを見た。
「どうしました? 答えにくい内容なら別の質問にしましょうか?」
「あ、ああ、いや、大丈夫だ。突然普通の質問が来たので頭がついていかなかった」
ディーンは眉間のしわをもんで、もとのキリッとした顔を取り戻した。
「私が聖騎士を志したのは、尊敬できる聖騎士の大叔父がいたのと、子どものころに魔獣に襲われて死にかけたのを助けてもらったのがきっかけだ」
――教科書みたいな理由ですね。
ある意味ディーンらしい、などと不謹慎なことを思ってしまったのは内緒にしつつ、ルウは質問を続ける。
「お怪我はありませんでしたか?」
「死にかけたが、なんとか」
「傷跡が残ったりしませんでしたか?」
「ああ、脛に大きく傷がある」
「わー……怖かったでしょう? そのころのディーン様はもう剣術を習っていたのですか?」
「まったく心得がなかった。やみくもに走って逃げ回って、足を狙われて転倒したときは、もうダメかと思ったんだ」
「助けが入ってよかったですね」
「そうでなければ、きっと今頃死んでいた。救われた命だから、人のために役立てたいと思った」
――聖騎士の鑑ですねぇ。
ルウが採用試験の監督ならとりあえず彼は合格にする。部下であれば可愛がったかもしれない。自分の救助にかけつけてくれた聖騎士様だったら憧れただろう。
立派な人物だと思いつつ、ルウはだんだん生ぬるい気持ちになってきた。
――話を聞けば聞くほど私とは違う種族の人間という気がします。
その場その場を楽しく生きてきたルウにはとてもついていけそうにない。
ルウはチップを戻して、カードをシャッフルし直す――と見せかけて、巧妙にルウに有利になるよう揃えていった。




