40 お節介を焼いてみます①
◇◇◇
昨日の会話で、ルウにはいくらか収穫があった。
ディーンがお節介に弱いというのなら、この際徹底的にやってやろうではないか。
ルウの中でお節介といえばやはり衣食住への介入である。基本的にほったらかしで育ったルウは、並の貴族のように、人に身支度を手伝わせたり、食事の用意をしてもらったりすることに抵抗があるが、ディーンはきっとやってもらって当たり前の生活をしてきただろう。
そこでルウは世話焼きのメイドになりきることにした。
朝早く、ディーンをたたき起こす。
「おはようございますご主人様、朝でございます」
カーテンを開け放ち、布団をはいでディーンを日光に晒す。ついで、キャスターで運んできた紅茶をナイトテーブルにセットした。
「さっき寝付いたばかりなんだが……」
ぼやきながら身体を起こすディーンは、目が開いていなかった。
「珍しゅうございますね、ディーン様が私よりも寝坊するなんて」
「パーティの翌日からはりきって早起きしているやつがいたら見てみたい」
「ここにおりますが」
ルウは慣れた手つきで紅茶の準備をする。目覚めの一杯に砂糖をどばどばと継ぎ足していると、途中でディーンが起き上がり、紅茶のカップとソーサーをひったくった。
一口口をつけて、ディーンは吐きそうになっていた。
「どうしてあなたは人の紅茶まで甘くしてしまうんだ……?」
「甘い物をお摂りになれば頭も冴えましょう。ささ、朝の洗顔をどうぞ」
銀のお盆に載せた水桶からは、ほんのり交ぜたローズウォーターの香りが漂っている。
「さあぼっちゃま、終わったらお着替えいたしましょうねぇ」
幼児を相手にするときの口調で洗い立ての白いシャツを掲げてみせると、ディーンはむきになってそれを取り上げた。
「やめてくれ! どういうつもりだ!?」
「お節介でございます」
ルウは愛想のいいメイドになりきっていたので、薄くはりつけた笑みを崩さなかった。
「ディーン様はお節介を焼く人間に弱いとおっしゃってましたので、私がお世話をすることにより、『アルジャー様もそんなに面倒見がいい人ではなかったな』とご理解いただけると思いまして」
「すまん、意味が分からないんだが」
「欲を言えば『ダメな大人だったな』と気づくところまで行ってほしいのですが」
「ダメなご令嬢が自分を棚に上げて何を?」
「失礼ですね。私ほど面倒見がいい人間もいませんよ。アルジャー様とは格が違う本当のお節介焼きというものをご覧に入れますので、ディーン様はまな板の上の鯉だと思ってお楽しみください」
「丁寧に締めるつもりか……?」
ディーンが鞘入りの剣を握り締めて震えている。
「靴は右足から履きますか、それとも左足から履きますか?」
足元にひざまずき、スリッパをはいた足に編み上げのブーツをはかせようと迫ったら、ディーンが癇癪を起こした。
「いや、いいから出ていってくれ! 自分で着替えられる!」
ドアの外にぽいっとされた。
着替えは恥ずかしいらしい。解せぬとルウは思った。貴族にとっては日常茶飯事なのでは? ディーンは照れ屋なのだろうか。
ともあれ、ルウはそんなことでめげるほどやわなメンタルではなかったので、次は厨房に向かった。
シェフに「今日はメニューの指定があったので」と適当な断りを入れて、いつもと違う食事を調える。
ディーンが食堂に顔を出したとき、彼はすっかり身支度を終えていた。寝癖を抑えて整えられた銀髪と、糊のきいた襟元が、朝の清浄な光を浴び、白く輝いている。それがディーンの真面目で潔癖な雰囲気にピタリとはまり、神々しいぐらいだった。
ルウはあまりのまぶしさに目を細めた。物理的にも、精神的にも、清らかすぎて直視できない。
――もったいないですねえ。悪用しようと思えばいくらでもできそうなこの素晴らしい素材を、生きづらそうな性格で台無しにしているなんて。
ディーンがもっとちゃらんぽらんだったらルウとの意思疎通ももう少し簡単だったのだろうか。つまずきっぱなしで、ルウの膝小僧はボロボロだ。
しかしそんなことでへこたれるルウでもなかったので、そそくさとワゴンを押し、ディーンに朝食を運んだ。
「ディーン様、本日は私が朝食をご用意いたしました。どうぞお召し上がりください」
「……あなたが……?」
ディーンは過去最高にうさんくさそうな顔をしている。
「ご安心ください。私、ディーン様が体力作りをしていることは存じておりますので。ではオープン……!」
真っ赤なヒレ肉のベーコンをカリカリに焼いたもの、鶏のレバーと刻んだタマネギのパテ、アンチョビで和えたブロッコリーに、シンプルなライ麦のパンを添え、昨夜仕込まれたスープストックを少々拝借してスープをつけた。
ディーンはぱっと嬉しそうな顔になった。
「すごい、まともに食べられそうだ!」
「何が出てくると思ってらしたのですか」
「あなたのことだから、バターを塗ったパンに蜂蜜と砂糖をかけるくらいはするのではないかと思っていた」
「それはおいしそうですね。私はそれをいただきましょう」
「正気か……?」
ルウはボール状の大きなパンから一切れ薄くスライスすると、バターと蜂蜜をまんべんなく塗り広げて、一緒に食事を始めた。
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