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4 悪女とは何か調査します①

◇◇◇


 穏やかで過ごしやすい初秋。街は収穫物を過積載した馬車で溢れていた。黄金の梨、真っ赤なハム、青々としたほうれん草などが街を騒々しい色に染め上げ、蜂蜜やスパイス、揚げ油の煮える匂いが街の空気をより雑多なものにしている。


 ファサードが広がる仕立屋の軒先。

 ルウはカラフルな青・白のストライプで濾過された日光の下で、木のスツールに陣取って、縫い物をしていた。こういう天気のいい日は仕事がはかどるから好きだ。ルウの他にも、アルバイトの農婦たちがずらりと椅子を並べている。


 いつもの下町。いつもの風景だ。ルウはこのごちゃついた通りを何よりも身近に感じていた。


 実家などよりよほどくつろいだ気分ですいすいと縫い物を進めつつ、ときおり手を止めて出来具合を確かめる。何時間かして、集中力が切れたとき、ふと頭に浮かんだのは、目下懸案中の、次のパーティのことだった。妹が『今度こそ恥をかかせてやる』と息巻いていた、あのパーティだ。


 ――それにしても、次こそ勘当されるようなことをやらかしたいですね。これぞ悪女! っていう決め手があればなぁ。


 ルウが思いつくことはもうすでに実践済みだ。新しいアイデアがいる。誰かに教えを乞うてみようか。


 ルウはすぐそばの女性に、世間話を持ちかけた。


「悪女になるにはどうすればいいか、だって?」


 アルバイト仲間のワッサが、ちくちくと縫う手を止めずにうなる。喋りながらでも、その手は恐ろしく正確で早い。この道でもう二十年は針子のバイトをしている凄腕の主婦だ。かわいいお子さんも三人いる。


「そりゃ恋人をたくさん作ればいいだろうよ」

「たくさんですか。ひとりではダメなんですか?」

「それじゃ普通の人だよ。悪女なんだから、男を騙さないと。金品を巻き上げるとかさ」


 ルウの脳裏に、「有り金全部置いていきな」と脅すならず者が複数浮かんだ。


「それじゃ山賊じゃないですか」

「違う違う、色仕掛けだよ。ナイフで脅してどうすんだい」


 くだらない雑談に、別の針子仲間トゥワイラも混ざってきた。黄昏のような茜色の髪をした少女だ。


「あんたくらい器量よしならちょーっと猫なで声を出せばすぐだよ」

「猫なで声の山賊はちょっと演じる自信がありませんね」

「山賊から離れなさいよ」


 言い合いつつ、誰も手を止めたりはしない。この内職のおかげで、ルウは自分で自在に服を仕立てられるようになった。布と糸さえあれば、何でも縫ってしまう。


「そもそもなんで悪女になりたいのさ?」

「色々と事情がありまして」


 ルウは自分が貴族令嬢だなどと話したことはない。これからも話すつもりはなかった。なので、適当に嘘をつく。


「劇団でバイトを始めようと思いまして。悪女の端役があったので、役作りをしようかと。でも、猫なで声で台詞を読めばいいだけなら簡単そうです」

「演劇の悪女なら、歌えなきゃ話にならないだろ」

「そうそう。大声、滑舌、腹式呼吸――みたいな?」


 ルウはすーっと大きく息を吸い込むと、歌い出した。


「私は悪女~♪ 公爵よりも~♪ 男爵イモの方が好き~~~♪♪♪」


 調子よく長めのビブラートをきかせたルウに、ふたりが冷たく言う。


「歌はうまいね」

「でも歌詞に知性がない」

「最高の素材がずさんな調理で真っ黒焦げって感じ」

「男爵イモだけに?」

「全然うまくないよ」

「イモだけに」

「うざっ」


 ルウは無駄話の間に縫い物を終えた。


「よし、できた! 次のバイトいってきます!」

「がんばるねえ」

「奮発したいものがあるんです」


 ルウには遊んでいる暇などない。

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