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38 ニセモノ悪女の出番です①

◇◇◇


 そしてまた次の週末。


 ルウは往年のドレスを魔改造した悪女コスプレで、再びパーティ会場にやってきた。


 屋敷には何も言わず、深夜にこっそり抜け出してきたので、馬車ではない。しかも招待状も持っていなかった。どう考えても門前払いされる状況だったが、ルウは持ち前の身軽さで門番の目を盗み、なんなく会場に滑り込んだ。


 勝手に抜け出して夜遊びしていたときのスキルを活かし、人混みをすり抜けて目当ての人物に近づく。相手はすぐに見つかった。

 

 アルジャーはルウの姿を認めるや、だらしなく相好を崩した。


「ソーニー嬢! やあ、あなたもこのパーティにいらっしゃっていたんですね。今宵も闇夜に舞い降りた白鳥のように美しい」

「あまり大きな声を上げないでくださる? わたくし、婚約者に内緒でまいりましたの」

「なんとなんと。やはりあのようなカタブツの若造ではご満足いただけませんでしたか」


 ふふ、と意味深な微笑みで曖昧に流し、甘えた仕草でアルジャーを見上げる。


「ここだと人の目がありますわ。奥まったところでお話ししませんこと?」


 アルジャーをバルコニーに誘い出し、ルウはさっそく機先を制しようと、口を開く。


「そちらの素敵な聖騎士様のことでご相談がありますの」

「何かやらかしましたか?」

「いいえ、とんでもない。とても真面目でいい子ですわ」


 年齢は彼の方が高いだろうが、ルウにはなんとなく弟のように思えて仕方なかったので、思わず「いい子」などと子ども扱いしてしまった。


 しかしアルジャーも同意見のようで、特に茶化したりはしないで聞いている。


「でも、あの子、あのままだと騎士として使い物にならなくなってしまうかも」

「あなたの色香にめちゃくちゃにされて?」


 予想外すぎてルウは一瞬言葉に詰まったが、なんとかすぐに微笑みで取り繕った。


「あら、そうなってくれたら嬉しいですけれど、彼、わたくしのようなタイプは大嫌いだそうよ。とりつく島もないわ」

「なんと救いようのない。あなたのような方に奮い立たない男はいろいろな意味で騎士失格でしょう」

「そこがいいのよ。わたくしはもう普通の殿方に飽きているの。いろいろな意味でね」


 ルウは適当にあしらい、本題を切り出すことにした。


「あの子、肘を痛めているわ。なんとかしてあげたいの」


 アルジャーはその瞬間、だらしない顔を引っ込めた。それが聖騎士団長としての顔なのだと、怜悧な目つきから察せられる。


「なぜそう思われたのですか?」

「あの制服。生地が硬くて、触れると痛いからか、なるべく腕を伸ばすようにしているのよ」


 アルジャーはいくらか姿勢をただした。かかとを合わせて立つのは、見栄えを気にする聖騎士団独自の作法でもあり、主君への敬意の表現でもある。


「そのことに気づいたのはあなただけでしょう。他の騎士たちにすら伏せていたことです」

「そう。では、他の皆様方はディーン様ほど熱心に訓練をしていらっしゃらないのね」

「ご明察の通りです。いやはや、お恥ずかしい」


 アルジャーはふとルウの手に目を落とした。絹の手袋に包まれたルウの手を、布越しに見透かそうとでもいうように。ルウの手は決して美しいものではない。針仕事で皮膚が硬くなり、しかも水仕事で荒れている。


「あなたも剣を習ったことがあるのですか?」

「まさか。でも、薪割りならしたことがありますわ」

「薪割り! あなたの細腕で! ご冗談がお上手だ」

「あら、本当よ。供の者をあまり連れずにカントリーの小さな屋敷に隠れ住んでいたときは、自分で何でもしましたの」

「農婦ごっこですか、貴婦人らしい遊びですね」


 アルジャーは何やらひとりで勝手に納得すると、ルウを熱っぽく見つめた。


「強い女性は素敵です。強くて美しい女性なら最高です」

「ありがとう、面白い方ね」


 ルウはふふっと笑ってあしらい、真面目な顔つきに戻る。


「あの制服が歪みの原因だと思うの。でも、きっとわたくしから言っても聞かないわね。より意地になってしまう可能性だってあるわ。ですから、アルジャー様の方から、楽な服で練習をするよう進言してくださいませんこと? それと、練習を控えるようにとも……」

「そうですな。あなたのおっしゃることは実に正しい。さっそく月曜日にでも時間を作って彼の指導に当たりましょう――」


 そのとき、さっとバルコニーを覗き込む人が現れた。月明かりで薄青く染まった銀髪の騎士だ。


 彼がルウとアルジャーの姿を認めるのと、ふたりが聖騎士の制服を着た若い男の正体を悟るのは同時だった。


「ソーニー嬢! 探したぞ」


 ディーンが声を張り上げる。アルジャーが肩をすくめた。


「迷子が見つかったようですよ、ソーニー嬢」

「ええ、そうね。ディーン様ったら、パーティ会場ではぐれるなんて、小さな子みたいですわね」

「いなくなったのはあなたの方だろう!」


 大声で非難するディーンが余計なことを喋る前に、ルウは彼の腕を取った。


「ではごきげんよう、アルジャー様。わたくし、疲れてしまいましたから、お優しい婚約者様と戻りますわ」

「いい夜を」


 ディーンを引きずるようにしてバルコニーを後にし、廊下をどんどん行く。


 ディーンはまだ興奮しているようで、大きな声を抑えようともせず、まくしたてる。


「ハミルトンから、あなたがこっそり外出したようだと報されたときはまさかと思ったが」

「あら、見られてたんですか。かなり気をつけたつもりだったんですが」


 悪びれもしないルウに、ディーンはうわずった声を上げる。


「本当に夜遊びが好きなんだな。呆れてものも言えない!」

「誤解ですよ。少しアルジャー様に相談したいことがありまして」

「なら、私を通せばいいだろう? 昼に! 堂々と! 会いに行けばいい!」

「お声が少し高いです、ディーン様。女性の癇癪じゃないんですから」


 ディーンはぐっと言葉に詰まったあと、いくらかトーンを和らげた。


「夜は危険だと言っただろう? 供もつけずにどうして勝手に一人歩きなんか……」

「でも、よくここが分かりましたね」

「閣下の週末の予定を教えたのは私だぞ。本気で言ってるのか?」

「それだけで? 勘がよろしいことで」


 言い合いながら歩いているうちに、屋敷を抜けた。馬車が回され、ふたりで乗り込む。


 ディーンは「帰る前に、少し街中を適当に回ってくれ」と馭者に告げたあと、ルウに向き直った。


「あなたは騎士団長閣下と恋仲なのか?」


 ルウはきょとんとした。わざわざふたりきりになれるよう計らって、改まった態度で何を言うかと思えば、そんなことか。


「いえ、まったく。まるで興味ありませんが」

「隠さなくてもいい。私も止めるつもりはないんだ。ただ、仲がいいのは結構だが、奥様を悲しませるようなことはしないでもらいたいと言いたくて」

「いえ、私、妻子持ちの人とか全然興味ないですし」


 ないない、と身振りで示してみたが、ディーンは信じていないようだった。


 ――まあ、どっちでもいいといえばいいんですが。


 悪女なりきりゲームはもうクリアしたので、ルウのこれはただの趣味だ。つまり、手の内をバラしてもいいし、適当に勘違いさせておいてもいい。


 しかしディーンがアルジャーを過大評価していることは、少し自覚させてあげた方がいいような気もする。


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