37 お友達とお買い物です②
「大人しくしろ! 殺されたいか!?」
「黙ってれば命までは取らないよ」
身勝手なことを言ったあと、最後のひとりが口を開く。
「『縫い物』と、『才能なし』だ」
いきなりトゥワイラとルウの『才能』を言い当てて、両隣の男たちに目で合図を送る。
ルウは落ち着き払っていた。
「『鑑定』までするなんてずいぶんな念の入れようで。まあ確かに、女に返り討ちにされたら大恥ですもんね」
ルウが挑発すると、彼らは一斉に殺気だった。構わずに続ける。
「でも、ちょっと甘いんじゃないですか? 最高レベルの『縫い物』の『才能』持ちは、遠く離れた相手の目と口と鼻を一瞬で縫い閉じますよ。逃げるなら今のうちでは?」
ルウが針と糸を出してみせると、男ふたりは一瞬怯んだ。
「そっちは『才能なし』だ、縫い物は奥の女!」
焦ったように訂正する男の顔色を窺うふたりを見て、なんとなくピンと来た。リーダーは『鑑定』持ちのこの男だ。しかも手下ふたりより荒事に弱い。
手下ふたりの注意がトゥワイラに向いた一瞬の隙をついて、ルウはするりと音もなく手下たちの脇をすり抜けた。
手下たちがぎょっとして振り返るが、もう遅い。
ルウはリーダーの男の腹に思いっきり蹴りをくれた。避けられないあたり、本当に喧嘩の心得はないのだろう。
ルウは男が倒れる前に真後ろに回った。首を絞めて、小指を目に突きつける。
ルウの小指は一本だけ長く伸ばしてあり、目をえぐれそうなくらいの長さはあった。
「動かないで。『鑑定』ができる目、失いたくはないでしょう? そっちのふたりも!」
彼らが戸惑っている間に、ルウは袖の下を探って、ナイフを取り出した。
――どうにも素人くさいですねぇ。戸惑っている間にどんどん状況が悪化してるのに。
ナイフの鞘を片手で外し、首元にぐっと立てた。浅く入れた切り込みに、リーダーがパニックを起こす。
「や、やめろ、助けてくれ!」
「死人をどうやって助けるんですか? 喋ると喉に血が入って、苦しいですよ」
もちろんルウは人の喉などかき切ったことはないし、苦しいかどうかも知らない。息をするように嘘を吐くルウが適当に言っているだけだった。
「何でもする! 本当だ! 金なら払う! もう手は出さない!」
本気の命乞いを聞き、ルウは少し考えてから、トゥワイラに目で合図した。
「とりあえず、そっちのふたりの袖口を後ろ手に縫ってください。絶対に脱げないぐらい頑丈に」
トゥワイラは真っ青だったが、それでもしっかりとうなずいた。
◇◇◇
ルウはリーダー格の男を締め上げて昏倒させてから、三人まとめて衛兵に突き出した。
応対してくれた衛兵は女性で、パニック気味のトゥワイラをいたわり、とても親身になって話を聞いてくれた。
「そ、それで、袖を縫っているときにも、な、殴られそうになってっ……」
「大変だったな」
ルウはなんともなかったので、出されたお茶を飲みながら、辛かったんだなぁと他人事のように思っていた。安物のお茶だが、ルウは飲めればなんでもいい方だ。
「でも、ルウが、助けてくれて、何か、蹴った物が男の人に、あ、当たって」
「ナイフの鞘ですよ。ちょうど足元に転がしておいたので、こめかみにぶつけて昏倒させました」
ルウの補足に、衛兵の女性は不思議そうな顔をした。
「君はずいぶん強いようだが、何の『才能』持ちなんだ?」
男の人のような喋り方は仕事柄だろうか。
「ないですよ。さっき鑑定してた人もそう言ってました」
「そんなはずはないさ。鑑定の仕方が悪かっただけに違いない」
「親もそう言って、何回も受け直したんですよ。最後に診てもらった人はその道の権威の方でした」
「そうなのか……でも、まだ可能性はあると思うがね。才能なしで三人の男を返り討ちにするなんて、なかなかできることじゃないよ」
「いやぁ、それほどでも」
「武道でもやっていたのかい?」
「ええ、多少は」
そんな事実はなかったが、ルウはそれ以上踏み込んで詮索されるのが嫌で、適当にごまかした。
衛兵の女性はまぶしそうに目を細める。
「きっと君の才能なしを心配してくれたんだろう。いい親御さんだったんだろうねえ」
「そうですねぇ……」
ルウの脳裏を両親のことが駆け巡る。
父がルウにした仕打ちは酷い物だった。
それでもルウは、こうして無事に暮らしている。
だからルウは笑ってやるのだ。
「私は何かと恵まれていましたけど、一番よかったのは、『今を楽しく生きる』才能に恵まれていたことかなって思ってます!」
衛兵の女性はくすりと笑ってくれた。
「それは世界で一番素敵な才能だな」
ルウはとびっきりの幸せそうな笑顔を見せた。
「はい!」




