36 お友達とお買い物です①
少々世話が焼けるところだけはいただけない。ルウは面倒見がいい方ではなく、むしろひとりで自由気ままに過ごしたいと思うタイプだった。
――まあ、長い付き合いにはなりませんし、今だけ、今だけ。
「聖騎士のみなさんはいつもその格好ですけど、訓練中もそうだったりするんですか?」
「制服に興味があるのか?」
ディーンは嫌な感じに笑った。
「女性はどうしてそう聖騎士の制服が好きなんだろうな。この制服を着た私が好きだから付き合いたいと言われたことすらある」
ディーンはあからさまにルウを馬鹿にした調子で言う。
「あなたも制服と付き合いたいのか?」
「いえ、そんなゴミみたいな服はいらないです」
ルウが真っ正直に返すと、ディーンは即座に気を悪くしたようだった。
「なら、質問に答える義務はない」
それきり黙って、ディーンはカップを遠ざけ、書類を読む作業に戻ってしまった。全身から会話を続けたくないという頑なな意志を発散している。
――しまった、つい売り言葉に買い言葉で。
しかし、ルウは悪くない、と思う。自虐すると見せかけて自慢するというややこしいポジショントークから、制服に何やら絶大な自信を持っているのは伝わってきたが、『その服破り捨てましょう』と親切心で言いにきていたルウはかなり癇に障った。
ルウにしては珍しく、顔色をうかがうようにして、銀髪が落ちかかるぱっちりとした青い瞳を見つめてみたが、ディーンの怒りが解けなさそうなので諦めた。
――この様子だと、仕立て直しを勧めても素直に受け入れないかもしれませんね。
当人が大事にしているものをいきなり捨てろというのに等しい行為。反発もするだろう。
もう少し気心が知れていれば結果は違ったかもしれないが、ディーンにとってのルウは素性の怪しい悪女だから、今距離を詰めようとしてもますます見下されて、遠ざけられるに違いない。
正面からの説得には失敗したと判断して、ルウは次の手を打つことにした。
◇◇◇
次の日、ルウは以前から誘われていたお買い物に繰り出した。季節の変わり目の在庫入れ替えで、街の布問屋がワゴンセールをする時期になっていた。店の軒先に夏物の明るい色をした生地がところ狭しと並び、道行く人が赤字で値段を書き換えられた札をちょっと眺めてはまた離れていく。
「ありがとう! 助かるわー」
お針子仲間のトゥワイラは、山ほどワゴンセールの生地を買い込み、ほくほく顔だった。
「ねえ、見てこの布! 綺麗な水色!」
「掘り出し物でしたね。毛羽立ちも少なくて、いい布だと思います」
「これでメイド服を仕立てたいのよ」
「ちょっと派手では?」
「だからいいのよ。メイド服って黒とか紺色ばっかりでつまらないもの。たまには青空みたいな色の服があったっていいじゃない?」
「そうですねぇ」
「それで頭に大きなリボンをつけたりして。袖はパフスリーブで、靴下は白で」
「時計ウサギを追いかけて木の穴に落っこちそうですね」
服の構想を話しながら、路地裏に入った。そこが近道だと、下町の人間なら誰でも知っている。
「でもルウは裏地なんて買い込んでどうするの?」
「古着を直そうかと思ってるんですよ。結婚式に呼ばれているので」
「でもそんなに高い布……表の布より高いんじゃない?」
「見えないところにお金をかけるのが粋ってもんです」
トゥワイラは「ふぅん」と気のないあいづちを打った。
「それにしても今日はありがとうね。ひとりで出かけるのは心細かったんだ。最近物騒だしさぁ」
「何かあったんですか?」
「女性ばっかりもう何人も襲われてるんだってさ。今私がお手伝いに行ってる家も、住み込みのメイドさんがショックで寝込んじゃったから、臨時でって頼まれたんだよね」
「大丈夫だったんですか、そのメイドさん?」
「命に別状はないらしいんだよ。でも酷くてさあ。暴漢に襲われて、手のネイルを剥がされちゃったっていうんだよ」
「拷問じゃないですか」
「そう! 怪我はすぐ治りそうなんだけど、すごくショックを受けちゃってて、って話だった」
「可哀想に……」
酷いことをする人がいたものだと思いながら路地を曲がる。あたりは薄暗くて湿っぽい。
すると後ろから、数人の足音が聞こえてきた。
思わず振り返ると、三人組の男が早足で近づいてくるところだった。
手にはナイフ。顔を隠して変装している。服装はどこにでもいる下層階級の格好だ。
「赤いネイルの女だ。そっちを狙え」
ルウは思わずトゥワイラと顔を見合わせた。
「……もしかして、こいつらですか?」
ルウが思わず確認を取ると、トゥワイラは真っ青な顔でふるふると首を振った。たぶん、早く逃げよう、と言いたいのだろう。




