35 メイドのお仕事楽しいです④
初めはパンをきちんと取っていないから、慢性的にエネルギー不足なのだと見立てていた。
でも、ルウのアドバイスでパンを食べるようになってからも、書き物の動作からぎこちなさが抜けない。
休憩に紅茶を持っていきつつ、仕事の様子を観察することで、ようやく違和感の正体に気づいた。
――肘が痛いのでは?
痛めている原因は書き仕事を大量にしているせいもあるのだろうが、一番の要因はやはり、過度な体力作りと剣の練習であるように感じたのだ。さらに観察しているうちに、どうも制服のせいで腕の上げ下ろしがスムーズに行っていないようだと突き止めた。
――もしかして、硬い制服を着て稽古をしているせいで、負荷がかかりすぎている……?
そう見当をつけ、親方に詳しいことを聞いた。
はたして、ルウの予想は当たっていた。
「あの服、仕立て直しで柔らかくなりませんか?」
「なるっちゃなるが……」
親方はうさんくさげにルウを見た。
「なんだ、聖騎士団に知り合いがいるのかい?」
「ええ、ちょっと。肘が痛そうなので、なんとかしてあげられないかと思いまして。直し、親方にお願いしてもいいですか?」
「やってやりたいのはやまやまだが、よその店の仕立てに手を入れると抗争になっちまうんだ。仕立てた店に持っていかせちゃどうだ?」
「受けてくれるかどうか……自分の仕事にやり直しを命じられてもお店の人はいい気がしないでしょう」
「まあなあ」
「ちなみに改造するとしたらどことどこだと思いますか?」
「そうだなあ……」
親方は楽にするための工夫を二、三教えてくれた。ルウは針子のバイトでどれもやったことがあるので、方法はすぐに思い当たった。
ルウは親方にお礼を言って、さてどうしたものかと考えながら帰路についた。
ルウとしては、ディーンに施しを受けた分はきっちりお返しをしたいと思っている。メイドと婚約者の二重生活は面白いし、ディーンはからかいがあるから、ちっとも苦ではない。
しかし問題は、ディーンのあの生真面目な性格だ。
彼は制服の改造なんていう、不良のようなことをしたがるだろうか?
――ま、ダメでもともと。とりあえず本人を説得してみましょうか。
ダメならまた別の方法を考えればいい。ルウは気楽にそう考え、ディーンのティータイムを狙って、彼の部屋に突撃した。
「ご主人様、午後の紅茶でございます」
「……ありがとう」
何か言いたげな白い目を涼しい顔で受け流し、ルウは紅茶をてきぱきと用意した。
「上手なんだな」
――カフェでバイトしてますし。
とは言わず、ルウはにっこり笑って誤魔化した。お茶は焦らないことが肝心だ。お客様にまだかとせかされても動じないことが意外と重要である。そしてルウは心がとても強かった。
ルウは紅茶をたしなむディーンの右肘をじっと観察する。やはり曲げ方に不自然なところがあるようだ。意識的にか無意識にか、わざわざ身体をひねって、痛い方向に曲げないよう気を遣いながらカップを上げ下げしている。
ルウは流動性の低いハニーティーをちまちまと食べながら、世間話の調子で探りを入れてみることにした。
「その服動きにくそうですね。着るの大変じゃないですか?」
「ん? ああ。しかし、この服を身にまとえる名誉を思えば、なんてことはない」
「正規の聖騎士しか着られない服なんだそうですね。言われてみれば、普通の騎士さんより高級感があります」
「聖騎士団所属の貴族は何人もいるが、聖騎士になれるのはほんの一握りだ」
「それはすごい。選ばれし者ですね」
褒められて嬉しそうに頬を赤く染めるディーン。うっかり『よしよし』と甘やかしたくなるような愛嬌があった。
――可愛い人なんですけどねぇ。
 




