34 メイドのお仕事楽しいです③
◇◇◇
休日が終わって、ルウはまたメイドごっこに戻った。
ルウは早くも『凄腕のメイドが来たらしい』と評判になり、あちこちに引っ張りだことなった。
洗濯物が大量にたまっていた日のこと。ルウも洗濯場の助っ人に駆り出されることになった。
外は主人の目がないので、メイドたちは開放的だ。リラックスした雰囲気でがやがやと世間話に興じている。
「今度来たご令嬢の話聞いた? 婚約者らしいけど、すんごい悪女だって噂だよ」
「なんでもご主人様の上司とデキてて、不倫の後始末に押しつけられたらしい」
「不憫だねえ、ご主人様は実直でいい方なのに」
「だがちっとばかし頼りないからねえ」
ルウは聞き流しながら、チャカチャカと汚れをブラシでこすっていた。
――こうして家を出た以上、もう不必要な噂ですし、軽く否定しておいたほうがいいでしょうか?
一秒くらい思案したものの、すぐに「どうでもいいか」と却下した。どうせルウ・ソーニーという存在自体がもうすぐ消える。下町暮らしのルウに、悪女の噂など関係ない。
とはいえ、面白そうなので混ざることにした。
「その噂とは、ハミルトンさんもご存じなのでしょうか? 以前の職場では、館の主人の悪口など聞きつけられたら執事に叱られたものですが」
「ハミルトンさんが一番文句言ってるねえ。ほら、唯一顔を合わせるだろ? あたしらは噂を聞くだけさ」
「他のお屋敷でも評判最悪らしいよ」
「よそから仕入れてきた悪口をあたしらにも流してんのさ」
なるほど、と思った。執事も主人にくっついて屋敷を回ることはある。ハミルトンのあの様子からすると、えげつないものもあるのだろう。
「どんなお顔をしてるのか拝見してみとう存じます」
「お部屋と食堂からめったに出てこないんだよ。給仕係が言うにはとても悪女には見えないそうだけど、まあ若い男の子に女の本性なんて見抜けっこないさ」
――顔が売れてはいないようですね。
この屋敷内ではともかく、市中に顔が売れてしまってはまずいので、ひとまず胸をなで下ろした。いっそこの屋敷ではヴェールを被って過ごすのもありかもしれない。どこかから安手のヴェールでも調達しよう。
調査も終わったので、ルウは洗濯を猛スピードで終わらせた。
「もう終わったのかい!?」
「か、輝くような白さ……!」
ルウはシーツを投網の要領で無造作に物干しロープにかけていく。一枚三秒とかからない。しゅばばばっと残像を残して洗濯ばさみをセットして回れば、もうおしまいだった。
「あんた、『才能』があるねえ……!」
「恐縮でございます。他の場所にも助っ人を頼まれておりますので、今日はこれにて失礼いたします」
ルウは理由をつけて自分の部屋に戻った。今日のメイドごっこはこんなところでいいだろう。
次はアルバイトだ。こちらもおろそかにはできない。
ソーニー家の時代から使っている下町用のワンピースを着込み、バルコニーから懸垂の要領でぶら下がる。
あらかじめ置いておいたタルに足がかかり、危なげなく着地した。
裏門からささっと出ていけば、もう誰もルウを噂の悪女だなどと思う人はいない。
ルウはいつもの仕立屋に繰り出した。
「親方、お仕事ください」
仕立屋の外、アルバイトの農婦が椅子を並べる『針子通り』には、ワッサの姿もあった。
「あら久しぶり。どこ行ってたんだい?」
「ちょっとお掃除のバイトを集中的にしてました」
「手がガサガサだね。布地にひっかけたらことだよ。これをお使い」
ワッサに借りた絹の薄い手袋をはめ、ルウはちくちくとパーツを縫った。
「スライム洗剤を試してみたんですけど、あれすっごく汚れ落ちますね」
「だろう? でもあれは使いすぎない方がいいよ。手荒れが酷くなるからね。あとでハンドクリームとネイルポリッシュもあげるから、使うといい」
「ネイルポリッシュ……?」
「知らないのかい? 弱った爪につける薬だよ。スライム入りで、塗るとラッカーみたいに硬くなって指先を守ってくれるのさ」
「スライム入りって言えばなんでもありなんですね、もう」
「? まあ、とにかく。爪を丈夫にする薬も入ってるとかで、今手仕事をする子たちに大人気なんだよ。あんたも試してみな」
ルウは面白そうだと思い、バイトを終わらせたあと、少し借りてみることにした。
「へえ、どれも綺麗な色ですね」
「いいだろ? 目と同じ色にするのが流行りなんだよ」
「わー、いいですねえ。これはテンションあがります」
ルウはハンドケアを終え、もっちり肌になった手の甲と、ルビーみたいに真っ赤でつやつやの爪を太陽にかざして、ご満悦だった。
――また今度買いに行こうかな?
寄り道もしたいが、今日は別の目的があってここにきたのだ。
親方にできあがりの品を納品して、世間話を切り出す。
「親方、少し聞きたいんですが」
「どうしたルウ。今日の仕事はこれだけだよ。お前さんは本当に手が早いねえ。うちに就職しちゃどうだい」
「いやいや、うちの畑をおろそかにできませんからねぇ」
ルウは適当に農場の娘を名乗っていた。
「それより、聖騎士団の制服ってありますよね?」
ディーンが着ている、あの堅苦しい制服のことだ。堅苦しい性格のディーンによく似合っているが、何かどこかに違和感を覚える。
「あれってすごく窮屈そうに見えるんですが、着心地ってどうなんですか?」
親方は分かりやすく顔をしかめた。
「着心地? 最悪だろうさ。見栄え重視のクソみたいな服だ」
親方は職人らしく服に一家言ありの人で、ひとしきり悪口雑言をまくしたてた。要約するに、聖騎士団の制服は冬寒く夏暖かい無用の長物で、外見ばかりを気にして馬鹿高い生地を使ってるが、デザイナーと仕立てる人間の腕が悪いので着心地最悪のゴミにしかならない、とのことだった。
「そんなにひどいんですか」
「あれのデザイナーが誰か知ってるか? なんとこの国の第三王子様だそうだ。服のことなんかなーんにも分かっちゃいない。王子の従僕に着せるにはおあつらえの道化衣装だ」
今だと思い、ルウはその日一番聞きたかった質問を放つ。
「じゃあ、あの服で剣の稽古をすることなんて、きっと考えてなかったでしょうね」
「当たり前だろうが。剣の達人ほどちょっとした肩や肘の引っかかりにストレスを感じるんじゃねえか? 立ち襟、肩章、余裕のない脇の切り替え。あれじゃまともに腕が上がらんだろうよ」
「やっぱり……」
「ズボンもありゃダメだな。細くしすぎだ。動きにくさで言や全身鎧とどっこいどっこいだろう。防御力がある分まだ鎧のがマシだ」
スプーンを落としたときからディーンのことを疑っていた。
彼はときどき手先のコントロールが怪しい。




