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31 聖騎士様が偏食な理由②

「どこか痛むとかいうことは?」

「痛みはない。震えるだけだ」

「ちょっと失礼」


 ルウはディーンの手を勝手に取った。手を握って震えの具合を見、脈を測る。


 ――かなり脈が早いですね。


「エネルギー不足かもしれません。食事が足りていないのに無理をするから、身体が動けなくなっているんです」

「食事は食べているつもりだが……特に肉は」

「お肉は身体を動かす力にはなりますが、頭を使うときの栄養にはなりません。パンをきちんと食べれば防げる症状ですね。それと、砂糖も」

「……しかし私は、そうしたものを食べると体力が落ちてしまう」

「ディーン様が、非常な努力をして、体力作りをしていることは分かりますよ」


 ディーンの腕は硬く筋肉が盛り上がっているのに、手首はほっそりとしている。骨格が細いから細く見えるだけで、重量はあるのだ。これだけ身体を鍛え上げるのに、相当な苦労があったことだろう。練習量もさることながら、食事の管理にも、彼の潔癖なまでの努力がうかがい知れる。


 ここの家で出てくる料理はどれもおいしいが、どうも全体的にパサパサしているのだ。ディーンがどんな思いでそれらを食べているのかは知らないが、少なくともルウはずっとこの調子だったら辛いだろうなと感じた。たまには砂糖たっぷりのお菓子や、脂と肉汁したたるステーキを食べたいと思ってしまう。


「ディーン様は食が細いんですか? 男性にしては食べる量が少ないですよね。私と同じぐらいでしょうか」

「ああ……肉をたくさん食べるといいとは言われているんだが、どうにも難しくて」

「そうすると、体質的に太るのも、筋肉をつけるのも難しいんでしょうね。それでも屈強な騎士たちと比べても見劣りしないほどの体力を維持しているんですから、ご立派だと思います」


 姿勢は見上げたものだが、問題なのは、ディーンがやりすぎる性格だということ。


「剣を振ることに命をかけるというのなら、今のような生活を続けるのもいいと思います。でも、寿命を縮めますよ。肉ばかりの生活は、本質的に不摂生です。早死にしますよ」


 ルウの容赦ない指摘に、ディーンは驚き半分、嫌悪半分に声を荒げる。


「い……医者は、そんなことは言っていなかった……!」

「きっと知識が古いんでしょう。もしくは学派が違うのでしょうか? とにかく、ディーン様の体質では、体力づくりも書類仕事もどちらも完璧に、というわけにはいきません。書類仕事をしつつ、長く健康に戦闘力を保ちたいのなら、パンも入れてバランスのいい食生活をするべきです」


 ルウはつかんだままのディーンの手首を、ぶらぶらと振ってみせた。


「……震え、止まりましたね。砂糖が効いてきたみたいですよ」

「本当だ」


 ディーンはこれまでに見た中で一番やわらかい顔をしていた。


「エネルギーが不足すると、怒りっぽくなるそうです。今はずいぶん気分も楽になったのではありませんか?」

「……ああ」


 ディーンはかすかに微笑んだ。


 ルウもつられて微笑み返す。つかの間、平和なムードが漂っていた。


「……も、もういいだろう」


 ディーンはいきなり手をルウからもぎ離した。照れてしまったようで、頬が赤く、目が泳いでいる。


「助言に感謝する。実はかなり困っていたんだ。これからはパンも食べることにするよ」


 ディーンのややぼそぼそとしたお礼に微笑みを返して、ルウは心の中で思う。


 ――とりあえず、これでひとつ借りを返せたでしょうか。


 ここらで切り上げて屋敷を出てもいいが、ルウはまだいくつか気になっていることがあった。


 ――まあ、すぐに出て行けというのでもなさそうですし、順番にやっていきましょう。


 ルウは勝手にディーンのすぐそばに椅子を引っ張ってきて、一緒にティータイムを楽しむことにした。


「私ははちみつが好きなんですよ」

「い、入れすぎじゃないか……? い、いや、そんなにも……?」

「はちみつって入れると色変わりますよね」

「本当だ、黒い……いやもうそれはちみつに紅茶が入ってないか!?」


 ルウは流動性の低い紅茶をちまちまとスプーンで食べた。


「紅茶を食べる人なんて初めて見たんだが」

「おいしいですよ。少し食べますか?」

「絶対にいらない。いやまあ、ゆっくり食べていってくれ」


 早々に紅茶を片付けたディーンが、また書類をこちらに寄せて、書き物を始めた。


 前の行よりいくぶんかしっかりした字で、続きを書き記していく。


 ルウは見るともなしに見ながら、そういえば、彼が笑ったのは初めてだと、今更のように思ったのだった。


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