28 執事とひと悶着です②
「まあ、ごめんあそばせ! 突然押しかけてきたのですもの。行儀見習いのメイドとして置いていただけるだけでもありがたいですわよね。わたくし喜んで働きますわ。制服とモップはどちらに?」
「メイドが入るという予定も聞いておりませんが」
「執事さんたら何にもご存じないのですね! 怠慢が過ぎるようですと、寛大なご主人様もいつまでもお許しにならないのでは?」
ルウは執事に見切りをつけて、勝手に使用人のいる階層に押し入った。血相を変えたハミルトンが追いすがってくる。
「何をなさいます。お戻りください!」
「制服がなければ働けないじゃない? あなたはもういいわ。自分で探すから」
ルウはメイドたちが詰めている部屋に押し入った。今はみんな仕事中なのか、出払っている。置いてあるチェストをあさって、勝手にサイズの合いそうな安っぽい毛織物のワンピースと、白いエプロン、ヘッドドレスを選び出した。
「着替えるから出ていってくださらない?」
ルウが勝手に脱ぎ出すと、さすがの執事も後ろめたそうにどこかに消えた。
ルウは手早く服を替えて、鏡を覗き込んだ。
――ここんちの制服かわいいですねぇ。
ワンピースは普遍的なデザインだが、フリルを使うと布が何倍も必要になり、コストが跳ね上がる。普通のメイド服はもっとシンプルに仕上げるものなのだ。
フリルやレースの装飾をふんだんに使った制服は、ちょっとしたお出かけ着のようで、ルウはいたく気に入った。街に潜伏するにしてもメイド服は好都合なので、こっそりもらっていくこととしよう。
――張り切ってお掃除しなくちゃ!
ルウは空き部屋でカーペットの染みを抜いていた若いメイドを捕まえた。
「わたくし今日から入りましたルウと申します。先輩、わたくしはどちらをお手伝いいたしましょうか?」
「タタムです。ではお庭からシーツを取り込んで、畳んでください。ランドリールームのシーツがたくさん入っている棚です」
「かしこまりました、タタム先輩」
ルウは実家でも使用人のお手伝いをして小さな果物などを報酬にもらっていた。シーツくらい朝飯前だ。
鼻歌まじりにタタムから仕事を教えてもらっているうちに、すぐ打ち解けた。
「へえ、じゃあ前は侯爵様のおうちにいたんだ」
「たいへんしみったれ……いえ、倹約家の侯爵様でしたので、スープの具はキャベツの芯、かびたチーズの皮、豚のひづめ……といったところで」
「食べられるものが入ってないじゃない……ひどいわね。転職できてよかったんじゃない?」
「たいへんな幸運でございました」
タタムのことも教えてもらう。彼女は元々農村の生まれだったが、冬の出稼ぎで臨時のメイドをしているうちに、今の家に拾われたという。
「村だと食べ物に困ることはそんなにないけど、金貨は稼げないから、私の仕送りがないといろいろ不便なんだよね」
「なんという孝行ぶり……わたくしなど自分ひとり食べていくのがやっとでございまして、恥じ入るばかりでございます」
「えぇ、やめてよ。ねえ、ルウちゃんはどこの出身? すごくきれいなアクセントだけど、お嬢様の生まれとか?」
「いえいえ、わたくしなどはしがない下働きでございまして。少々貴婦人のお世話係などに憧れて礼儀作法も身につけましたが、掃除洗濯のほうが性に合っております」
「がんばったんだね。だって動作がすごく綺麗だもん。本物の貴族かと思っちゃった」
ほうっとため息をついてルウを見つめ、タタムはどこか寂しさをにじませる口調でぽつりと言う。
「……いいなぁ。憧れちゃうなあ」
ルウは午後いっぱいをタタムと協力して掃除に当たり、ディーンの帰還を待ったのだった。
 




