27 執事とひと悶着です①
ディーンは痴漢でも見るような目でルウを冷たくにらみ、黙ってしまった。センシティブな話題は得意ではないらしい。
「仕事に行ってくる。必要なものがあれば執事に言って用立ててもらってくれ。自由に過ごしてもらって構わないが、馬車は一台しかいないから、私が通勤する時間帯には戻してもらえるとありがたい」
「外出もしていいということですか?」
「ああ。しかし安全に気をつけてくれ。このあたりは日没後にかなり柄の悪い輩が出没する。せめて何か護身用の武器でも……」
「そんなもの使えませんよ。大丈夫ですって、慣れてますから」
「それと、いくらか現金も渡しておく。しかし金貨袋には入れず、靴下や靴底などに分散して入れるようにしてくれ。それから護衛は第一従僕と……」
――几帳面というか、細かいというか。
ディーンは口うるさいお母さんのようにたっぷりと注意をしてから、ようやく出かけていった。
ルウはもらった金貨を指でもてあそぶ。せっせとアルバイトしてため込む小銭が馬鹿らしくなるような大金だ。こんなものをあっさりと与えてしまうなんて、きっと彼は相当なお人好しなのだろう。
――お父様にだってこんなにお小遣いをもらったことなんてないのに。
ありがたいが、あまり借りを作るのもルウとしては気が引ける。生活の資金を人に頼ると、自由に生きられなくなって、その人の顔色ばかり窺わなければならなくなるからだ。
実家にいたころのルウのように。
――さて、一宿一飯の恩くらいは返しましょうか。
ルウは買い物に出ることにした。
◇◇◇
外出したいから馬車の用意をしてくれと、ひとまず捕まえた使用人にお願いして待つこと二時間。
――ずいぶん待たせてくれますね。もうお昼ではないですか。
もう一度外出用の馬車と、ついでに昼食を頼みに、ルウは自分から執事室に行った。
執事はハミルトンと名乗り、ルウをうさんくさい目でちらりと見た後、わざとらしく取り繕った笑顔になった。あまりいい印象を持たれていなさそうなのを瞬時に察知し、ルウも警戒モードに切り替わる。
――初対面ですし、あまり舐められないように、お嬢様らしく気取っておきましょうか。
ルウはにこりとした。地の性格は大雑把だが、必要とあらばたおやかなお嬢様の演技ぐらいはできる。
「街に出たいの。馬車は用意していただけて?」
「いえ、この時間は馭者が休息を取っております」
「そう。いつごろ戻るのかしら?」
「旦那様がお戻りになる頃には」
つまり今日はもう馬車を出せないらしい。
――使用人にも都合があるでしょうし、仕方がありませんね。
「では明日の日中に馬車をお借りするわね。今日のところは昼食をいただいて部屋で休みます」
「わたくしどもの屋敷では昼食を出すことがありません」
「……あら? ではティータイム? 午後までお待ちした方がよろしい?」
「本日はご主人様がご在宅でないので、ティータイムの予定もございません」
――私の分はないってこと?
ルウはしばし戸惑った。ここは世間知らずのお嬢様らしく傷ついた顔をしておくべきか、それとも悪女らしく圧力をかけて言うことを聞かせるべきか。
「どういうこと……? ディーン様は、お昼にパンを用意してくださるとおっしゃっていたわ」
「ゲストにはそのように仰せつかりましたが、あいにくゲストの方がおいでになりませんので」
「つまり私はゲストではない、と?」
「お招きする予定はありませんでした」
すがすがしいまでの空とぼけに、ルウは楽しくなってきた。
――私に居座られたくない、ってことですね。
そっちがその手で来るのなら、ルウにも考えがある。嫌味には嫌味を、だ。




