24 負け妹の憧れの騎士②
幼き日の三人は、その他大勢の貴族子女たちとともに、たわいないゲームをすることになった。ダンス用の大ホールを使っての、鬼ごっこだ。ルールは頭の上のスカーフを取られたら負け、たくさんスカーフを集めた人が勝ち。取られた人のスカーフは取った人に加算される。
優勝賞品は綺麗な飴細工で、本物の氷みたいに透き通っていた。あれをもらえたら、みんなにうらやましがられるだろうなぁ、ほしいなぁ……と独り言を漏らしたことは覚えている。
ヘルーシアは姉に追い回された。その執拗な追及は、ヘルーシアが泣いても止まることはなかった。しかも、泣きながら逃げるヘルーシアの怯えようを付き添いの大人たちは理解せず、気楽に笑って見守っていたのだ。
姉は性格が最悪だった。だから、ヘルーシアのスカーフに何度も手をかけていたのに、そのたびにニヤニヤしながら聞いてきたのだ。『逃げなくていいの?』と。ヘルーシアは必死に逃げ回るしかなかった。しかもルウは、他の人にヘルーシアのスカーフが取られそうになったらその人のスカーフを取って妨害し、泣きじゃくるヘルーシアを逃がしてはまた追いかけてきた。
そこに颯爽と現れたのがディーンだ。
ディーンは泣いているヘルーシアを背にかばい、ルウの前に立ちはだかった。
ヘルーシアにはそんなディーンが、とてもきらめいて見えたのだ。
――カッコいい……!
幼き日のディーンもすでに美少年として十全に育っていた。
「追い回して、いったい何をしている? 退屈しているなら、私が相手になろう」
「お構いなく――」
ルウは手を伸ばすディーンをひらりひらりとかわしながら、隅の方に逃げていった。
――助かった。
ほっとしたのもつかの間、姉は大広間を逃げ回って、またこちら側に戻ってきた。
「待て、この!」
「あっははは、おっそーい」
追いかけるディーンの足は速かったが、ルウはヤマネコのように身軽だった。
ルウはひょいひょいとかわしながらディーンへと挑発的に笑いかける。
「ねえ、そろそろ退場してくれないかしら。でないと私、妹を守れないの」
「君が泣かせてたんじゃないか! 妹だったのか!? どうしてそんなことをするんだ。姉なら妹を守ってやるべきだ!」
そうだそうだ、とヘルーシアは思ったが、ルウは動じなかった。
「妹は迫ってくる人たちが怖くて泣いていたのよ。だからお姉ちゃんが鬼を全部退治してあげるの」
ルウはディーンからスカーフを奪い取った。
負けを認めたディーンから手持ちのスカーフを奪い取り、ルウはまたヘルーシアに向き直った。およそ年齢には不釣り合いな、邪悪な笑みを浮かべている。あるいはそれはもしかしたら、鬼ごっこにはしゃぎすぎた子どもが、興奮で瞳孔を大きくしていただけだったのかもしれないが――とにかくヘルーシアには恐ろしく見えたのだ。
「さあ、へルーシア、もう安心よ。お姉ちゃんが守ってあげるからね――」
「きゃあああ!」
ヘルーシアは悲鳴を発しながら、ルウのスカーフを狙いにいったが、軽く一捻りされてしまい、時間いっぱいイジメられたのだった。
ルウは最後まで勝ち残り、ヘルーシアとふたりだけになると、急に『飽きちゃった』といって、スカーフを渡してきた。だからヘルーシアは優勝賞品の美しい飴細工を手に入れることができたのだが、そんなものではとても癒えないほどの深い傷を心に負った。姉のことが大嫌いになった出来事でもあった。
ヘルーシアは後日、ルウからかばってくれた小さな騎士がディーンだと知った。それ以来、ずっと密かに憧れていたのである。
なのに、どうして姉などに取られないといけないのか。
悔しくて悲しくてやるせなくて、ヘルーシアの感情はぐちゃぐちゃだった。
父親はそんなヘルーシアの様子には気づいていない様子で、さらに追い打ちをかけてきた。
「ルウが片付いたのだから、次はお前だ。お前の入り婿に、クリストファーはどうかと思っているんだが。ほら、私の妹のところの長男だよ」
ヘルーシアは、人畜無害そうな青年の顔を思い浮かべて、ゾッとした。
「いやよ! クリストファー様なんて絶対に嫌!」
父は困ったような顔をした。
「クリストファーのことは小さなころから知っているが、真面目で温厚、頭もよくて、人格的にはほぼ理想だと思うがね。どうしてそう毛嫌いするんだい」
「だってあの方は――……」
ヘルーシアは悔しくて口をつぐんだ。クリストファーはルウが好きだったのだ。こっそりと父母の目を避けるようにしてうちを訪ねてくるたびに、離れにあるルウの部屋に色々と差し入れをしていたことは知っている。あるときはカゴ一杯の野菜を、あるときはソーセージの束を、せっせと運んできてはルウと庭先で話し込んで嬉しそうにしている姿は、女王のために働くミツバチそのものだった。
姉のことが好きだった男と結婚するなんて、まるでお下がりだ。
格下だと思っていた姉に結婚相手で差をつけられるのは、ヘルーシアにとって何よりも耐えがたい苦痛だった。
ヘルーシアは虚栄心とディーンへの淡い思い、姉への敵愾心がごちゃまぜになって、冷静さを失いかけていた。父を説得する言葉もろくに思いつけずに、感情的に言う。
「やっぱり私、ディーン様がいいです。なんとかしてディーン様と婚約できませんか?」
父親は案の定、へルーシアに取り合わなかった。
「だからさっきも言ったろう。彼はとうてい入り婿に向いた人材じゃあない。聖騎士として、領主として身を粉にして働く彼を、お前が支えてやらなければならないんだぞ。その点クリストファーなら、お前が遊んで暮らしていても、文句も言わずに甘やかしてくれるだろう。それに彼だって決して見た目が悪いわけではない。好青年の部類だろうが」
父の言うことはまったくもって正しい。
それでもヘルーシアは、嫉妬と敗北感にまみれて、とてもクリストファーとの婚約など考えられる状態ではなかったのだった。




