22 ドナドナされたその先は③
ルウは泣き真似をころりと忘れて、はしたない歓声を上げながら食事を堪能した。
「んー、この濃厚な牛肉風味! いいもの食べてますねえ!」
「騎士は身体が資本だから……しかし、出汁でそんなに喜ばれるとは思わなかった。食べたら帰ってもらえるように、辻馬車も手配しよう」
ルウは出し殻の牛骨にくっついているボソボソした牛肉を苦労して剥ぎ取りつつ、上の空で言う。
「父のあの様子をご覧になりませんでしたか? 今更家になんか入れてくれませんよ」
繊維ばっかりでも、空きっ腹の牛肉はおいしかった。濃厚な黄金色のスープが五臓六腑に染み渡る。
ゴクゴクとすごい勢いで飲み干すルウを、ディーンは呆れた目つきで見た。
「……あなたはいったい何をしてあんなに侯爵閣下を怒らせたんだ?」
「昨夜のディーン様がとどめを刺したんですよ」
「あれが最後の一押しだったのか!? 日頃からどんな悪事を重ねていたというんだ……!?」
「父は生まれつき短気なんですよ。何でもないことでもすぐ怒鳴る方っていますよね? ディーン様にも身に覚えありませんか?」
「それはまあ、私も気が長い方では……いや、いきなり娘を押しつけられるのは何でもなくないだろう!?」
ルウははぐらかしつつスープを飲み干した。温かい物でおなかがいっぱいになったときの幸福な感覚に全身が包み込まれる。ルウはしばらくうっとりと空のお皿を眺めていた。
「ごちそうさまでした」
おいしいスープをもらったら、眠気が限界になってきた。ディーンも目をしょぼしょぼさせている。
「ひとまずベッドと風呂は用意しておく。使用人は全員寝静まっているから、ひとりでなんとかしてくれ」
「もちろんです。ありがとうございます」
ディーンは意外に細々と世話を焼いてくれ、どこから調達してきたのか、櫛やパジャマやデンタルフロスまで貸してくれた。タオルもいっぱい貸してもらったので、入浴後の髪も早めに乾いた。ベッドも寝心地抜群だ。
――これでやっと、私も自由。まずはカフェの店主さんに預けてあるお金でどこかの部屋を間借りして、アルバイトを増やして……
ルウは心地よく眠りについた。
◇◇◇
パーティが終わったあと、ソーニー侯爵邸で。
ルウの妹・ヘルーシアは最低最悪な気分で過ごしていた。気分が乗らないので着替えもしていない。化粧をすべて取り払ってしまうと、ビスクドールのようだった顔からは神秘的な雰囲気がすっかり失われ、どこかぼんやりと気の抜けた顔立ちの少女だけが残る。ヘルーシアはこの素顔が大嫌いだったので、日々改善する努力は怠らなかった。塗り心地にこだわった高価な肌色の化粧品で肌の質感を均一にならし、赤いおしろいをうっすらと重ねることで美しい肌にザクロのような透明感を付け足す。生気のない人形のような風貌はこうして生み出すのだ。しかし今は、美しく装う気力もわかなくなるほど落ち込んでいた。
――どうして……どうしてディーン様が、姉なんかと……!
ディーンは若い女性の間で人気がある。真面目でストイックな姿が、誠実な王子様を待ち望む奥ゆかしい少女たちには理想的に映るのだ。かくいうヘルーシアもそのひとりだったので、姉には怒り心頭だった。




