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20 ドナドナされたその先は①

◇◇◇


 聖騎士ディーン・ウィラード、ウィラード公爵家の次男。


 聖騎士団の中でも聖騎士は別格で、資格を有するのはほんの一握り。平騎士、盾持ちは二軍、三軍……と、階層が分かれている。


 次男、三男は結婚相手として『外れ』だが、聖騎士の俸禄を持っているのなら話はまったくの別。最高とまでは言わないが、かなり格の高い結婚相手だ。ソーニー侯爵家の娘を嫁がせるのにふさわしい。


 ――以上の説明を、ルウは馬車の中で父親から受けた。


 パーティから実に四日後の出来事だった。


 ルウの父親は三日間、関係各所との連絡に走り回り、満を持して娘を婚約に向かわせようと、馬車に乗せているというわけなのだった。


 ボタンが菱形に並べられているクッションの座席に、ルウは借りてきた猫のように大人しく座っている。父親は足を激しく貧乏揺すりしながら一方的な説明を続けていた。


「――というわけだ。いい相手を捕まえたな、ルウ。今日からさっそくおうちにご厄介になりなさい。二度と戻ってこなくていいぞ」


 言葉の上ではいかにも喜んでいる風だったが、ソーニー侯爵はちっとも笑っていなかった。


 ルウも、ディーンと付き合う話には持っていったが、実際のところはまったくその気がなかったので、父の本気の奔走ぶりに戸惑いを隠せないでいた。


「あの、お父様? 先日のパーティのことは誤解と申しますか、わたくしは何も本気でお付き合いを目指していたわけでは」

「黙らんか。あんな大騒ぎを起こして、お前はどれだけ我が家の顔に泥を塗れば気が済むのだ?」


 ――大変にお怒りですね。


 不謹慎なので申し訳なさそうな顔をしつつ、ルウはかなりワクワクしていた。


 ――もしかして、もしかすると……今度こそ勘当?


「今度という今度は両陛下もお前の廃嫡に同意してくださるだろう。いや、もうご同意いただけなくても構わん。死んだものとして扱い続ければ、そのうち社交界も事情を察してわしらに同情してくれるだろう」


 ――やっぱり……!


 内心小躍りしているルウを引きずって、ソーニー侯爵はウィラード邸に殴り込んだ。


 ウィラード邸はそれほど大きくはないものの、高い塀に囲まれた庭付きの一戸建てだった。王都の一等地は地価が高騰しているので、貴族でも数部屋に間借りするのがやっとということもある。それを考えれば大変に贅沢な造りをしていた。


 ――聖騎士の俸禄ってそんなに多いんでしょうか。


 つい下世話なことを勘ぐってしまう。


 応対に出た執事はまだ若く、二十歳の半ばといったところだった。貫禄のなさが災いしてか、必死に「ご不在です」と追い返そうとしても、ソーニー侯爵に気迫で負けている。


 侯爵はまるで動じず、とんでもない押しの強さで応接間に乗り込み、紅茶だけで半日近く粘った。


 ――おなかがすきましたねぇ。


 ルウは何もこんなに急がなくてもと思っていたが、侯爵は絶対に今日中に放逐したいようだった。


 ルウは暇を持て余し、空のカップの縁に生えている蔓草の葉っぱの数を数え始めた。全部で四十二個。綺麗だなぁと、ルウはぼんやり眺めていた。仲の悪い父親と、会話もなくふたりっきりで取り残され、心を無にする以外になかったのだ。日暮れどきになって、室内がどんどん暗くなっていっても、明かりすらつけてもらえずに、ふたりは放ったらかされた。


 そろそろディナーの時間になろうかという頃、とうとうディーンが帰宅し、応接間に顔を出した。ロウソクの光に浮かび上がった不機嫌な顔は、陰影が激しく強調されて、悪魔のような形相になっていた。


 魔法の明かりをつけるや否や、ディーンがすぐさま短気を爆発させる。


「いったい何事ですか!? 突然押しかけてくるなど――」


 ソーニー侯爵はさらにそれを圧する胴間声を張り上げる。


「先日は娘がたいへんお世話になりました。娘の評判を地に落とした代わりに嫁にもらってくださるということで、まことにありがたく存じます」

「聞いていないぞ!? 勝手なことばかり言うのは――」


 ルウはふたりが険悪に言い合うのを一歩引いて眺めながら、疑問に思う。


 ――大声を出した方が勝ちってルールでもあるんでしょうか。


 おそらくない。耳が痛いのでやめてほしいと思っていたが、ふたりの大声対決はなかなか終わらなかった。


 ソーニー侯爵は馬車の中でした説明を何度も繰り返し、「ふざけるな」と怒りをあらわにするディーンと泥仕合をさらに三時間近くも続けた。


 ――お父様、がんばりますねぇ。


 ルウはこれで実家と縁が切れるかと思うとせいせいしていたので、面白おかしく見物していた。

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