2 立派な悪女を目指します
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ルウ・ソーニーの第一印象は『つかみどころがない』であるらしい。中肉中背、どこにでもいる風貌、周囲に溶け込む平凡な少女で、どうにも印象に残らない。面白い物を見つけたとき、赤い瞳がルビーのようにキラリとするのが印象的だと誰かが言ったが、その誰かも、次に会ったときにはその出来事を忘れていた。それどころか、ルウの瞳が赤いことを今初めて知ったかのように発見して、綺麗だねと言った。要するに、瞳の色すら記憶に残らないほどの、路傍の小石みたいな存在だったのだろう。
ルウ・ソーニーには特徴らしい特徴がない。猫のようなコシの柔らかい黒髪はありふれたものだし、背だってそんなに高くない。『才能』だって持ってない。
性格にも難ありともっぱらの噂だ。
自由で気まぐれ、神出鬼没。
「ルウ! どうして昨日のパーティを欠席したの!?」
継母・ゴディバの金切り声が耳をつんざく。しかしルウは慣れっこになってしまったので、薄く笑みを浮かべていた。
「妹の面倒をよく見てあげてちょうだいねって、わたくしお願いしていたでしょう?」
ゴディバはその長身でルウを見下ろした。ロットの大きいゴージャスな巻き髪がふわりと揺れ、華やいだ香りをまき散らす。きっちりとした格調高いドレスを身にまとっているが、装飾が過剰で、ドレープがたくさんありすぎ、人がドレスを着ているというよりも、ひらひらしたドレープの布が人というハンガーに引っかかっているという印象だ。
――あれっぽいんですよね。八重咲きのお花。
美しいがトゲがある。そんなバラのような女性。
「お姉様が来なかったから、ヘイター伯爵様も怒ってたんですよ」
妹・ヘルーシアも華奢な腰に手を当てる。真っ赤な口紅ときりりとした眉が印象的な美少女だ。髪型はナチュラルで、顔立ちに視線がいくのを邪魔しないように、さりげなく後ろに流している。陶器のような美しい肌のテクスチャーは、生き物の持つ雑然とした生臭さを感じさせず、目元と鼻の先に施したうっすらとした紅が、ビスクドールのような人外めいた目鼻立ちをいっそう引き立てていた。
華やかな継母、美しい異母妹。どちらもルウとは仲が悪い。継母は実父と愛し合っていたところを、政略結婚で引き裂かれたという経緯がある。実父の政略結婚の相手こそが、ルウの実母・シビュラだった。
シビュラが死んだあとのルウは悲惨のひと言だった。仲のいい父親と継母と妹――三人の屋敷に、ほんのちょっと離れを間借りさせてもらっている状態だ。
三人はなんとかルウを追い出そうと躍起になっている。
ルウの勘当がうまく行かないのは、ソーニー家を継ぐ権利がルウにあるからだ。妹――より正確に言えば異母妹は、実母の存命中に実父が不倫して出来た子なので、非嫡出子の扱いを受けている。つまり、法的に父親の子どもと認められないし、その見込みもない。妹の正式な身分は、『男爵の孫娘で、侯爵家の居候』なのだ。
正式なルウの廃嫡には王家の承認がいる。現在の王妃はふしだらな娘が大嫌いだというので、ルウの悪い噂が耳に入れば許可を出すのではないかと考えた。
だからルウは、決意した。
――悪女になりましょう。
王妃に嫌われて廃嫡が認められれば、父、ヘルーシア、ゴディバは家族水入らずで幸せ。そしてルウも気ままな一人暮らしができて幸せになれるのだ。
――待っててください、お父様、ヘルーシア、ゴディバおばさま。私、立派な悪女になってみせます!