13 初心者悪女にヌシが釣れ①
「団長閣下! 聖騎士団に代々伝わる宝剣ですよ!? なんてことを……!」
騒ぐお付きの男性をまったく無視して、騎士団長とやらはキリッとした顔で言う。
「あなたのような美女には、男の血涙で洗った宝石がよく似合う」
――だいぶ濃い人が来てしまいました。
ルウはたじろいだが、負けてはいられない。
「悪女と呼んでくださる?」
「もちろん。その美しさは罪ですからな」
――ちゃんと悪女に見えているみたいですね。
ルウはホッとして、悪女っぽく髪をかき上げた。もしもルウが悪女のフリをしているだけだとバレていたら、こんな仕草は赤っ恥もいいところだが、みんなが認めてくれているのなら大丈夫だろう。たぶん。不安なので、何度も確認せずにはいられないルウだった。
「でもわたくし、その剣に釣り合うほどのチップは持ち合わせていなくてよ」
「私が勝利した暁には、ぜひ一晩をともにしていただきたい」
ルウは目をぱちくりさせた。
聞き間違いかと思ったが、男は真剣な顔をしている。ルウは笑えなかった。
――本気で言ってるんですか……?
真面目な令嬢が耳にしたなら卒倒しそうな誘いだ。ルウもだいぶ動揺している。
でも、今のルウは稀代の悪女という設定。これしきのことで男を恐れるような醜態はさらせない。
無理矢理唇の端を釣り上げて、悪女風に笑う。
「い……いいわね。楽しそう。でも、わたくし、この程度の宝石と天秤にかけられるほど安くなくてよ」
「他に私めにできることであれば何なりと」
「閣下、もうおやめください! 奥方になんと言い訳をなさるのですか!?」
「離婚も辞さない」
「辞しましょうよ!」
――わあ、ダメな大人。
悪女としてはこの誘い、乗らなければ嘘になる。負けるつもりはさらさらないが、男が差し出そうとしている賭けの品が重すぎるのが困りものだ。宝剣などを巻き上げたら、『取り返す』という名目で二回目、三回目の勝負を申し込まれるのが目に見えていて、得策ではない。
もったいぶっているふりで考える時間を稼いでいるうちに、ふと閃いた。
――この団長をたっぷりと騙くらかして巻き上げたあと、実はイカサマだったとバラしてノーゲームにするとか?
これなら何も失わず、何も奪わずに、悪女の評判だけバラ撒けそうだ。
――われながら、名案では?
ルウは目をきらりとさせて、いたずらっぽく言う。
「では、賭け金をあなたの全財産に。家財道具一切合切と引き換えでならお相手いたしますわ」
顔色を失い、すぐには返事ができない様子の騎士団長。
――さすがに目が覚めたでしょうか? 賭けを引っ込めていただいても、私はいっこうに構わないんですが……プライドがあるから無理でしょうか。
凍ったその場に、またしても横やりを入れたのは若い騎士だった。
「閣下、どうかここまでにしていただきたい! だいたいこの女の噂を聞いたことがないのですか? ルウ・ソーニーといえば裏社交界で幅を利かせているという悪女ですよ!? 男好きで性悪、厚顔無恥で品性下劣――」
――すごい言われようですね。
ルウは自分の噂をちゃんとモニターしている。王妃様の耳に届いているかどうか、探っているのだ。そのルウすら聞いたことのない悪口雑言が並んでいた。
――こんなに評判が悪いのに、どうしてまだ廃嫡してもらえないのでしょうか。解せませんねぇ。
やはり、パーティをすっぽかして、夜の街をうろちょろしたり、お針子仲間の家を泊まり歩いたりするくらいでは足りないのかも知れない。猫に餌をやったり、時計塔のてっぺんから夜景を楽しみながらお弁当を食べたりする時間は好きなのだが、ルウの夜遊びはなかなか目撃してくれる人が少ないので、噂が広まりにくいのだ。




