11 今日は悪女になりきります①
◇◇◇
ルウは大胆にも、単独行動を開始した。
ルウは談話室に踏み込むと、ゲームテーブルで紫煙をくゆらせている男性たちにずんずんと近寄っていった。普通の貴族令嬢であれば考えられないことだが、今夜のルウはひと味違う。
悪女は男を怖がらないのだ。
――今日の私は悪女、今日の私は悪女……
ルウは悪女の演技に入りこんでいた。もはや男性がたくさん近寄ってくるのも楽しい。
唯一の不安は手作りのドレスがちゃんと悪女に見えるかどうかだったが、先ほどギブソン王子が褒めそやしてくれたので、少々勇敢な気分になっていた。
さっそく足早に男性が近寄ってきた。ちょっと悪ぶった感じの若い男性だ。
「失礼、お嬢さん、見かけないお顔ですね。これほどの美人であれば絶対に覚えている自信があるのですが」
「パーティって退屈で、いつもすっぽかしてしまいますの」
「そのお美しいお声で、お名前を聞かせてくれませんか」
「ルウ。ルウ・ソーニー」
取り巻く男たちがざわりとするのを感じた。
「あなたがあの有名な……」
「なるほど、お噂に違わぬ……」
ルウの噂と言えば、夜遊びが好きなふしだら女だという例のあれだろう。
――私、完全に悪女に見えているのでは?
ルウは調子に乗り始めた。妹にさんざん嘲笑されたことなど、もはや忘れつつある。立ち直りは早い方なのだ。
それにしても大きなパーティだとルウは思う。男性陣には折り目正しく着込んだ人もいれば、ジャケットを着崩した遊び人もいて、層が厚い。若いのも年を取ったのもいる。誰もルウと王子が繰り広げた一幕を知らなさそうなので、本当に大人数が参加しているのだろう。
――仕切り直しにはちょうどいいですね。
ルウは自信を持って、堂々と悪女として振る舞うことにした。
「ソーニー嬢もカードゲームを?」
「ええ、もちろん。悪女の嗜みですもの」
「悪女……?」
「あら、わたくしの噂をご存じない? わたくし、すごい悪女なの」
会話をしながら、それぞれのテーブルをチェックする。ひとつ、明らかに動きが怪しいところがあった。ひとりをターゲットにして、三人が死角から合図を出し合っている。
――あれは悪い人たちですね。イカサマする人間を成敗する、それもまた悪女の務めです。
「ねえ、今日はわたくし、刺激的な遊びがしたい気分ですの。わたくしと交代してくださらない?」
負けが込んでいる男性の肩に手を置き、ルウが話しかけると、彼は快く場所を譲ってくれた。
「ええ、どうぞ。ちょうど負けが込んで、そろそろ退散しようかと思っていたところです」
最初の賭け金を積む。
こんなこともあろうかと銅貨をたくさん持ってきたのだ。ルウは革の財布を取り出しかけた。
ところが他の三人が出してきたチップはどう見ても本物の銀貨で、ルウは慌てて財布を素早くしまい込んだ。
――あ、危ない、危ない。
こうなったら持ち込みの銅貨は使えない。せめて銀貨か、それ以上の価値のある貨幣でなければ、笑われてしまうだろう。
ルウも一応、万が一、誘拐などの危険にあったときのために、一枚だけ大金のコインは持っている。そのとっておきのコインに、おそるおそる手を伸ばした。ドレスのスカートに手を差し入れるルウに、おおっと観客から歓声があがる。
悪女なのだからと自分に言い聞かせ、ガーターベルトから抜き取った。
「賭け金は、こちらで」
ルウが不敵に笑って出した金貨に、周囲はどよめいた。
「あ、悪女……」
「こいつはとんでもない悪女だぜ……」
「なんてけしからん悪女なんだ……」
いきなり金貨を賭けたのだから、悪女呼ばわりも宜なるかな。
心の中ではもったいない、と悲鳴をあげていたが、他にコインはなし。とにかくこの金貨で、元手を稼がないとならない。涙を呑んで一ヶ月分のアルバイト代にさよならをした。




