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空使いとアルカンシェル  作者: 天瀬 智
第一章 始まりの灯火
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第三話 闇の目覚め(2)

 入学から一ヶ月が経った。

 ソラとカームは午後になると合流し、互いにエレメントをマスターするための特訓をしていた。

 ソラから水、風、地を学ぶカームは、まさに目から鱗の日々だった。

 風のエレメントを学ぶために、なぜか朝から柔軟運動やランニングを行うと言ったソラにどうしてかと訊ねると、

「風に関係なく、エレメントを扱うにはまず自分の体を鍛えることが大事なんです。エレメントを使用すると体力を消耗しますし、集中力とか忍耐も必要になります。大戦時には、移動するだけで体力を使い切って使いものにならない馬鹿野郎もいた、って言ってました」

 一体、誰がそんなことを言ったのだろか。

「でも、確かにあれはきつかったわ」

 ソラと一緒にアルコイリス郊外にある九頭龍湖を走りながら、途中で止まっては水、風、地――いずれかのエレメントを使うように言われた。

 これまでまともに走ったことなどないカームは息が苦しくて、呼吸を整えるだけで精いっぱいだったのに、目の前で笑顔を見せる少年は、息ひとつ上げることなくエレメントを使ってみせていた。

 呼吸を整えてからカームも実践してみたが、見事にぐだぐだだった。

「あれは、どんな状況でもエレメントを最大限に引き出せるようにするためなんです」

 そして午後の練習の締めには、自身の限界を上げる特訓が行われた。

 水のエレメントならば、水球を作りだし、昨日よりも少しでもいいから大きな水球を作り、維持する。

 少しずつ大きく、少しずつ長く――そうすることで、限界値を上げていくのだ。

 風のエレメントならば塵旋風を発生させ、その規模を少しずつ大きく、そして同じように維持する。

 ただ、塵旋風は大きくし過ぎると危険であるため、専ら水のエレメントで行っている。

 ちなみに、大戦時には竜巻が発生したとも言われているが、それは気象を操ることであり、何らかの逸話に尾ひれがついたと結論づけられている――とカームが語ると、

「でも、楓なら……」

 と独り言を呟くソラだったが、水球を維持するのに神経を集中させていたため、カームはそれについて追求することはできなかった。

 ソラから教わるエレメントの上達方法は、どれもイリダータ・アカデミーで教える実技の授業とは違っていた。

 まず最初に体力作りに専念し、自身の肉体という基盤をしっかりと固めるという下地作りを徹底していた。

 一ヶ月も経った頃には、全力疾走した後のエレメントの操作も慣れてきた。

 いまだに息は上がるが、その状況に体が順応し、肩で息をしている状態でも安定させるやり方が分かってきたのだ。

「今日は石取りをしましょう」

「石取り?」

 言葉通りの石を片手に、ソラが説明を始める。

「この石を地面に置いて――」

 言いながら、ソラがしゃがみ込み、地面に石を置く。

「これを中間点にするように同じ距離だけ離れます」

 ソラが後ろ歩きをするのに習って、カームも下がる。

 やおらソラが足を止めると、カームも同じ分だけ距離を空け、立ち止まった。

「先に石を手に取った方が勝ちです。もちろんエレメントを使って、です」

 ただ走るだけではない。

 エレメントを使うと言うことは、風だろうか。

 ならば追い風で速度を上げる。

「分かったわ」

 腰を少し落とし、走る体勢になる。

 だが、ソラは立ったままだった。

「いつでもいいですよ。カームさんが動くのが合図です」

 その言葉に、カームは少しだけむっとした。

 それはつまり、カームが走った後でも十分勝てるという意味を含んでいることになる。

 ソラは馬鹿にしているつもりはないのだろうが、カームとしては馬鹿にされたような気分になってしまうのは仕方がなく、別の意味で負けられないと思った。

 だが、心は冷静に。

 風を発生させ、追い風を作り出す準備をする。

(今っ!)

 そして、踏み出すと同時に追い風を背中に感じ――

「はい」

 ソラが石を手に取って立っていた。

「え?」

 一歩踏み込んだところで足を止めたカームの背中を風が追い抜いていく。

 赤毛のが前になびき、落ちていく。

 髪が乱れるも、カームにはそんな些細なことを気にしている余裕などなく、ただただ目の前の光景が信じられなかった。

 ソラはさっきよりも近い位置に立ち、その手には石が――つまり、カームが一歩踏み込むまでの間にソラは距離を詰め、石を手に取って見せたのだ。

「僕の勝ちです」

「嘘……」

 一体、何が起きたのか。

「今のは、風のエレメントを使ったんです」

 ソラが石を手に持ったまま近づいてくる。

「見えなかったんだけど……」

 もはや苦笑するしかないカームに追い打ちをかけるように、

「これでも抑えました」

 とソラが笑顔で答える。

「僕が教わってたときは、刀を使ってどっちが先に相手を斬るか、って勝負を毎日してましたから」

「斬る?」

 さすがに冗談だろう。

「本当に斬るわけじゃないんですけど――」

 それはそうだろうとカームが内心で胸を撫で下ろすと、

「寸止めってやつですね。それも特訓のひとつですから」

 あまりの恐ろしい内容を笑顔で言う少年に、やはりこの子は只者ではないと感じた。

「最初は刀を抜くどころか、柄を持つことすら許されませんでした」

 ソラが刀を構える格好を見せながら説明する。

「柄を持てるまでに一年、刀を抜けるようになるまでに半年、ちょうど中間点まで行けたのがさらに半年だから……二年でやっと合格できました」

「二年……」

 改めて一ヶ月前の自分を罵倒したくなる。

 今の少年を築いているのは、弛まない努力故の結果なのだ。

 何も知らずに、怒鳴りつけていた自分を叩いてやりたい。

「僕が学んだことで一番大事なのは、反復練習を基本に、昨日の自分よりも上を目指す。これに尽きます。ただひたすら地道に、実直に――」

 それはカームも身に染みて理解している、ある意味では真理といってもいい。

 火のエレメントをマスターするのに十年。

 ソラのような才能もなく、日々変わることのない練習内容。

 向上しないのだから、それができるまで次の段階には上がれない。

 だから、ずっと同じ練習をし続けた。

 それはソラと同じことであり、そんな少年に声を上げたということは、過去の自分を否定することだ。

「そうね」

 納得すると、心が軽くなった。

「じゃあ、今度は火のエレメントのお勉強をしましょうか」

 満面の笑みを浮かべるカーム。

「カームさん、なんか笑顔が怖いです……」

 とソラが後ずさりするのを、カームは二の腕を掴み、決して逃がさなかった。

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