聖女の勘違い
私、聖女でございます。
人々の癒しを生業としております。
私の美声は、天使のしらべ。一度歌い出せば、草木は踊り、小鳥たちは集います。
実を申しますと、ちょっと歌が上手いだけの、ごく普通の女の子でございます。
癒しなど、ただのプラシーボ効果です。
小鳥は餌付けしただけ、草木は風が吹けば勝手に動きます。
みなさん信じたいのです。見たいものを見ているのです。まったく可愛いったらありゃしな、おっと失礼、お里が知れました。
歌で食べていけないかと、ちょっと神々しくエフェクトつけたら、いつのまにか聖女に祭り上げられ、引くに引けない状況にございます。
下手を打つと、聖女から魔女に転落しかねませんので、私の中の、絶対の秘密です。
秘密といえば、公爵夫人の懺悔で、背徳の情事を知ることとなりました。普段懺悔など右から左へ聞き流し、『悔い改めよ』で閉じれば、勝手にいいように解釈してくれるのですが、今回ばかりは、夫人の懺悔に真摯に向き合いましょう。だって面白いもの。
「やったのですの?」
「やっ……、口づけだけです。それ以上は神に誓って」
「キスをやったんですの?」
「やるって言い方やめて下さる?聖女様が軽蔑されるのは分かります。いけない事と知りつつ、どうしても彼の唇を拒むことが出来ないのです。彼の唇は夫とは全くの別物で」
「別とは?私は神に仕える身ですので、それには疎く、こう、もっと言葉巧みに表現して」
「巧み……、そうですね。まず温度と申しますか、氷が口の中で溶けてゆくように、私の唇もまた、形を無くしたかのように」
「唇、大丈夫ですの?」
「モノの例えです。普段はちゃんと固形です」
「ほうほう、して、味は?」
「味は、甘く切なく、それでいてほろ苦く」
「食べ残し?その前何食べた?」
「ちゃんと歯を磨いてます!舌でなく心で味わうのです」
「哲学の話かしら、ちょっと何言ってるのか……。
しかしです、不貞は不貞。懺悔すると言うのなら協力しましょう。
幸いにも私には、キスの衝動を抑える、素晴らしい薬を思い立ちましたのよ」
明日また来なさいと夫人を帰らせて、急いで街に買い出しに向かいます。
口の中で蕩けて、甘くほろ苦い、つまりチョコレートですね。
元値の10倍で売りつけてやろうとチョコを買い占めた帰り道、これがキスの味かと、一粒背徳を噛み締める、聖女の健やかなる午後なのでした。
馬鹿馬鹿しいお話にお付き合いいただき、ありがとうございました。