8.牙の護符と翼の護符
旧都の廃墟は、都から徒歩で二日ほどの場所にある。ダートゥは水袋やバナナの葉に包んだ携帯食糧を山ほど背負い込んでいた。一方で彼より大柄なヴィロークは、棕櫚の葉の巻物をいくらか背嚢におさめ、弓を手に矢筒も携えていた。
「あんた、弓使いなの」
「まあ、半分正解で半分外れだな。俺はどっちかっていうと呪術使いで、弓はその補助道具だ。どっちにしろ遠距離の敵向きの力なんだけどな」
「ふうん……」
ヴィロークの得物がわかったところでおおむね把握できたが、接近戦が得意な順にダートゥ、ルチヤ、ヴィローク、シルティとなるわけだ。ただ……
「どうした? ルチヤ」
「いや、治療士のあんたが前線に出るのは避けたいなって思ってたところなんだけど」
「それは、わたしの獣たちでフォローするわ。そういうことになるでしょ?」
シルティが首に提げた、獣の牙の護符を掴みながら応えた。前線向きの戦力が足りていない時には、彼女の従える獣たちは心強い助っ人となりえるのだ。それらを呼び出す媒体である護符を、彼女は大事そうに身に着けなおしていた。
「あーそうそう、ヨーディン団長から人数分預かってたんだわ。これこれ」
ヴィロークが懐から革紐に繋がれたそれらを引っ張り出し、皆にひとつずつ手渡した。革紐の先には金茶色の羽根がくくりつけられていて、ほのかに光っていることから何らかの魔法が付与されていることがわかる。羽根の根元に指の爪ほどの大きさの水晶の欠片もひとつ付いているが、これは一体――
「翼の護符――ガーナ傭兵団の団員は探索の際、必ず一つは携帯するようにって決まりになってる。転移魔法がかかってるから、これを使うと営舎の魔法陣まで転移できるってわけだ」
「なるほどね、緊急避難用ってところかしら。けっこうちゃんとした保障までしてくれてるわけね」
ならず者の集まりかとも思っていたが、なかなかどうして手厚い待遇だ――それだけに、国がこの組織の活動に力を入れて支援していることの重大さを、思い知らされる。
「転移魔法って、国が管理規制してるって話は聞いてるけど。これはこの傭兵団の営舎限定ってことになるわけよね。どういう仕組みで成り立ってるの?」
「おお、さすがシルティ嬢ちゃんは目の付け所がいいねぇ。これだよ、この水晶――レムリア水晶ってのは、聞いたことあるかい?」
「ああ、うん。北霊山で採れる石のうちでけっこう有名なやつよね」
レムリア水晶。レムリアンシード、俗に”歌う水晶”などとも呼ばれる貴石だ。表面に細かい凹凸があり、それが何らかの記憶を保有しているとされている。常に僅かに振動しており、聞く人が聞けばそれはまるで歌のように聞こえると。
「そいつにこの傭兵団の転移魔法陣の位置を記録してある。で、それで場所の狙いをさだめて羽根のほうに込めた飛翔の魔力で戻ってこれる、という仕組みなんだがね」
「ふうん……てことは、この水晶の記憶を書き換えちゃったとしたら」
「嬢ちゃんやっぱ鋭いなあ。それはつまり別の場所に転移しちまうってことだ。だから転移魔法を専門に扱っている魔法使いとかなら、場所の記憶を上書きして他の場所に行くこともできるってわけなんだがな」
「だが、記憶の書き換えは数日以上かかることもあるから、うまく時と場合を選ばなければ、単なる時間の無駄にしかならないこともある。とりあえずは普通に使うために、素直に受け取っておいたほうがいい」
いちいちこちらのやることに口を挟んでくるダートゥは、正直、どうも鬱陶しいのだが。喧嘩を売る気もないので素直に従った。彼の言っていることはおおむね正しいし、食事のたびにいちいち付け加える一品料理も――彼が言うことには、ルチヤには蒸し野菜やヨーグルトが必要だとかで――好んで食べるものではないが、食べて後悔したことはない。ただ食べるものを押し付けられている現状が、なんとなく気に食わないだけだ。
そんなこんなでよくわからないモヤモヤを引き摺ったまま、ルチヤ達四人は旧都の廃墟へと赴くことになった。