7.チーム結成と書庫にて
「よぉ、お疲れさん」
「ルチヤ、また居るよーこのおじさん達」
「だからおじさん言うなっつーの」
例によってヴィロークとダートゥの二人連れに出くわした。何故かよく見かけるので、この二人は組んで仕事しているのか、酒場のマスターらに聞いたこともあったがどうやら違うらしい。ヴィロークは占い専門でフリーのアドバイザーのような立場にいるし、ダートゥは治療専門で、営舎に運び込まれる負傷者を診るので忙しいのだという。
「団長から伝言! 正式決定だってさ、この四人でチーム組めって」
「え、マジ? ……あんた達、ほんとにそれでいいの?」
「おおよ、俺は占いの結果が気になるからねぇ。そいつを見届けたいってのがあるんよ」
「……俺は、シルティ――彼女に護衛役が必要じゃないかと思ったから、それなら俺がと思って申請したまでだ。治療室の担当は変わってもらった」
「えっと……絶対に四人じゃなきゃいけないの?」
「いちおう、原則四人前後で探索するようにって傭兵団の行動方針はなってる。それに嬢ちゃんら、王都付近にはあまり詳しくないんだろ? 俺は王都育ちだから、ちょうどいいだろうと思ってな」
ヴィロークの言葉を聞いてなるほどと思った。ルチヤ側にしてみても、王都の事情に詳しい仲間がいるのは心強い。ただ……なんとなく気まずいだけなのだ、特に彼に関しては。うまく距離が保てない、とでも言ったらいいのだろうか。
「それで、探索の前にちょっと紹介したい奴がいてな。今からいいか?」
言われるがままに連れていかれたのは書庫のようだった。棕櫚の葉の巻物が山と積まれ、その間から深緑色の巻布を纏った小柄な人影が見える。
「あっ、ヴィロークさん、ダートゥさん。おはようございます。あとは……新人さんですか?」
「ああ――ルチヤとシルティだ。こっちはレッカ、この書庫の司書をやっている」
レッカと呼ばれた女性は長い黒髪を後ろで纏め、水晶のレンズが嵌まった拡大鏡を首に提げていた。
「……そうですか、でしたら旅先で見かけた古書を持ち寄ってもらうことになると思いますね」
「古書ねぇ……ってもどんな基準で探せばいいのか、あたしはよくわかってないんだけど」
「そうですね、歴史書なんかあるとやっぱり助かります。例えばなんですけど……これが今まで持ち込まれたもので、いちばん古い文献ですかね」
彼女が取り出してきた棕櫚の巻物は、新しく書き写されたもののようで材質は真新しかった。広げてみるとルチヤでもなんとか読める、古代文字である物語が記されていた。
*アヴァニ創世神話*
原初は混沌の海であり、始源の竜の棲み処であった。始源竜カドゥルーは常に円環状に動き回り続けていた。
カドゥルーが動き回るうちに泥は固まり、大陸や諸島がつくられ、海は澄んでいった。軽い塵や跳ねた泥は上空に集まり、太陽や月や星や天空の島となった。
カドゥルーは力尽きるまで動き続け、ついには海の底で眠りについた――この竜は死んだとも、いつかは目覚めるとも言われている。
随所に“気”が宿り、大地では人や獣が生まれ、海では竜や魚が生まれ、天空では翼あるもの、アプサラスが生まれた。
「……って話なんですよ、これが現存する最古の記録書ってことになりますかね」
レッカはいわゆる本の虫とかいう人種らしい。最初の対応こそぎこちなかったものの、その後の古書の朗読や解説など、嬉々として披露してくれた。
「あの、ひとつ質問なんだけれど……文字が読めなかったらどうするの?」
「こちらに持ち寄ってくださればわたしが読みますから、心配いりませんよ」
シルティが遠慮がちに口を開くと、彼女は朗らかに応えた。
「うん、まあ、あたしも伝承舞踊のついでで覚えさせられたから少しは読めるのよね。あんたたちは?」
ルチヤが男二人に話を振る。
「おお、俺は古代文字はばっちりだぜ。ま、占い師なら当然の知識だけどな」
「……俺は、医療の伝承がずっと書物で伝えられていたのを読んでいたから、そのあたりなら特に問題はない。やや得意分野に偏りがあるかもしれないが」
「じゃあ、わたしだけ読めないんだー……」
肩を落とすシルティを見てほんの少しだが同情した。どちらかというと頭のよい少女ではあるが、そういう機会に恵まれなかったのだ。
「シルティ、あんたはいいのよ。時々獣や鳥と話ができてるでしょ? そっちを頼りにしてるから」
「えっ、それすごい、鳥寄せや獣寄せができるってことですか? 充分じゃないですか、そういうので気になった話をメモしておいてくれるのでもいいんですよ」
「そう……? わかったわ、頑張ってみる」
最後のレッカの言葉にシルティは励まされたようで、見ていたルチヤもほっと一息つけた。
「んじゃ、基礎知識を確認したところで、実践演習に行ってみますかね、お嬢さん方」
「?」
ヴィロークによると新米の団員は、旧ヴェダ王国時代の廃都の遺跡から探索を始めるのだという。もはや発掘されつくして目ぼしいものは残っていないが、稀に掘り出し物が出ることもあり、また時折現れる小鬼――一般に邪気の精とされる――の討伐が訓練になるため、新兵が一人前と認められるための通過儀礼、のような任務になっているそうだ。
「ふうん。つまり、お手並み拝見できるってわけね、お互いに」
「そういうこと。期待してるぜ、お嬢さん達」
「あんたにもね、ヴィローク」
余裕のヴィロークにルチヤは皮肉交じりで答えを返した。自分の腕は自分がいちばんよく知っているし、シルティとも知れた仲だ。そしてダートゥには……今朝完敗した。ルチヤがまだ戦いに通じる技を見ていない人物は、彼だけなのだ。
ヴィロークがどんな武器を扱うのか。それがわかるのは、もう少し後の話だった。