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5.ガーナ傭兵団

「『真珠の森(ムルガ・ヴァナ)の羚羊亭(・サドラトナ)』は、そのへんの安宿とは違う。入口こそ交易商人向きの宿屋だが、奥はガーナ傭兵団の拠点になっているんだ」

 酒場のマスターと別れた後、占い師ヴィロークはルチヤとシルティの二人を宿の裏口へと誘導した。宿の使用人が行き交う傍を通り抜け、渡り廊下の続く通路を歩きながら、二人は彼の話に聞き入る。

「さっき言ってただろ、予言のおかげでいっとき荒れてたって話。その時集まった血の気の多い連中をどう統率するか、そこで設立されたのがガーナ傭兵団だ。仕事の中には獣の暴動鎮圧なんかも含まれる。さっきの広場にも何人かいただろ、あいつらも団員だ」

 途中で怪我を負った男たちが四~六人ほど、寝かされている部屋の傍を通り過ぎた。治療士らしき人々が薬用油や包帯などを運ぶ姿にも出くわす。


「……凝乳(ギー)の精製が間に合っていないのか。煎じ油は俺が作る。欝金(ハリドラー)のほかに丁子(ラヴァンガ)栴檀(ニンバ)も用意してくれ」

 病室のさらに奥は薬を調合する部屋となっているようだった。小さな炉や銅の鍋などがいくつも並べられていて、そこで指示を出す男の声を聴き、ルチヤは思わずその出所を探ろうと調合部屋に首を突っ込み、部屋の中を見回してしまった。

「……あ」

 聞き覚えがあると思ったのは間違いなかったようだ。声の主は先ほど噴水広場の前で出会った、褐色の肌の僧衣の男だった。塗布用の精製油に混ぜる薬草の調合をしていたようだ。

「あ、やっぱりだよルチヤ、あの時のおじさん!」

「ちょ、シルティ……!」

 シルティが悪気なく声をかけるが、おじさんと言ってしまうにはまだ若い、二十歳過ぎの青年である。何故だか申し訳ない気分になって、ルチヤはらしくもなく顔を赤らめた。

 

「何でぇ、お前らもう知り合いなのかよ、ダートゥ」

「いや、別に知り合いというほどでもない。宿に困っていたようなのでここを紹介しただけだ」

 ダートゥと呼ばれた僧衣の男はまたすぐに調合の作業に戻ってしまった。ルチヤ達はさらに奥へと促される。たどり着いた先は男性用の個室で、書物机の上に棕櫚の葉が何枚か散らばっていた。その一枚を手に取り睨んでいた壮年の男が顔を上げ、ヴィロークを見る。

「どうした、ヴィローク。お前が女連れとか珍しいじゃないか」

「別に冷やかしに来たわけじゃねぇぜ。ちゃんとした人材の推薦だ」

 ヴィロークはルチヤ達に向き直り、改まった態度で言葉を続けた。

「このおっさんがヨーディン。ガーナ傭兵団の団長だ」


 続けて今度は、ヨーディンのほうに向きなおって団長に語りかける。

「掘り出し物だぜ、魔法使い二人だ。さっき表通りを見てた限りでは、そっちの姉ちゃんは“魔剣”使いだったな。もう一人の嬢ちゃんは“獣鎮め”ができていた」

 ヴィロークはやはり、先ほどの獣の暴走をしっかり見ていたようだった。そのうえでアプサラスの血が濃いという話題になり、魔法使いとしての戦力を見込まれていたのだろう。

「なるほど、魔剣士は確かに貴重だな」

 確かに、魔法使いは多いがそれを武器に纏わせて扱える者は少ない。ルチヤの知る限り、最も有名な魔剣士は『英雄王の試練(ミトラ・スムルティ)』の主人公である英雄王ミトラその人だ。


「組み合わせできる魔法は、いくつある」

 ヨーディン団長の問いに、ルチヤは慎重に言葉を選んで応える。

「いちおう……地・水・火・風・空、ひととおりできるわ。獣には火がよく効くんだけれども、さっきの町中みたいに穏便に鎮めたい時には水とか、そういう使い分けもできる。ご不満かしら?」

「いや、とんでもない。確かに一人いると心強い逸材だ。そっちのお嬢さんも、もう少し詳しく聞けるかな」

「獣鎮めの他にってことかしら。それなら逆に、獣を呼び寄せることもできるわ。少なくともわたしとルチヤの身を守ることはできるし、ちゃんと言いつければ他の人を守るように戦わせることもできる」

 話を振られたシルティの答えは澱みなく、すらすらと紡がれた。自分が役に立てそうだと察したのか、少なからず嬉しそうな顔をしている。

「ふむ……確かに、二人して有望そうだが、それだけでお前が強く薦める理由にはならんと思うんだが、ヴィローク」

「そこがいちばん重要なんだが。この二人は、運気が人一倍強い。さっきカードで調べたが、ここまでの強さを感じ取れた奴はいなかった。それが俺が推す理由だ」


 ヴィロークが先ほどの占いにそこまでの自信を持って取り組んでいたことに、ルチヤは少なからず驚いた。占い師とは、こうまで自分の占いに自信を持てるものなのか。だとすると、王宮付きの占者が言い当てた『世界の破滅』というのは……

「占者アヴァロークの示した『世界の破滅』は、未だ収まる気配がない。それを最終的に終わらせる方法を見つけ出すために、アヴァニの隅々まで探索をしている。それが俺たち、ガーナ傭兵団に課せられた任務なんだ――」

 ルチヤの顔色を窺っていたヴィロークが、いったん落ち着いた、静かな声で語りかけた。先ほどまで勢いで喋っていたような彼がこう改まって告げてくると、それだけでも深刻さが増して感じられる。

「……どうか、手を貸してくれんかな。お嬢さん方」

 ヨーディン団長にも、深々と頭を下げられた。ルチヤはここまで人に頼られたことはない。不思議な気持ちのままシルティに目を向けると、彼女も目を合わせて、力強く頷いた。

「わかったわ。もともとしばらく王都に滞在するつもりでいたんだけれど。ちゃんとした仕事とお給料がもらえるっていうんなら、少しくらい長くなっても構わないわ。やれるだけやってみる」

 何故かはわからないが、これが自分の進むべき道だと。そう思えたのだった。

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