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4.『英雄王の試練』

 枯れ枝に真珠らしき丸い実をつけた木を背景に、鹿のシルエットが浮かび上がっている。それが『真珠の森(ムルガ・ヴァナ)の羚羊亭(・サドラトナ)』の看板だった。

 二人部屋ひとつは難なくとれた。宿の店主は男性だったが、女部屋の管理を任されているらしい若い女性――店主の妻ではないようで、女将と呼んでいいものかどうか迷ったが、ルルゥーパと名乗った彼女の溌剌さが気に入ったので、この宿で即決した。

 もうひとつ気に入ったのは、一階の酒場のほどよい賑やかさだ。地元民らしき軽装の者から長旅に疲れた姿の者まで、老若男女入り混じっている。よい情報交換ができそうだと思って、シルティとともにマスターに近いカウンターの二席を占有した。夕暮れ前の今は、午後の軽食をとるのに丁度よい時分だ。

「サモサをひとつ。あと、生姜(シュンティ)肉桂(トゥワック)入りのチャイもお願い」

「わたしも同じものを」


 潰した(アル)(ダール)を全粒粉の生地で包んで揚げたパンと、ミルクのたっぷり入った香辛料を効かせた紅茶が二人の前に差し出された。添えられた生姜を炒めた付け合わせ(チャトゥ二ー)をのせながら、揚げたて熱々のサモサを頬張る二人にマスターが呼びかける。

「お嬢さん方は、どこから来なすったんで」

「んー……、北東部よ。”霧呼び川”を上ってきたらここまで来ちゃったって感じ」

「なるほど、それじゃカリヤムの流域には詳しいですかな」

 ルチヤ達のように下流域に住む者には、朝霧の立ちこめるさまが印象的で”霧呼び川”と言い慣らされているが、中流の王都ではカリヤム河で通っている。この河とアヴァニの西を流れるアスタミ河、通称”砂染め川”を合わせてアヴァニの二大大河と呼ぶが、現時点では砂漠地帯となっているアスタミ河流域は環境が厳しく、カリヤム河が王都や、その他多くの都市の生活を支える基盤となっている。


「最近の王都じゃ、何が流行りなの?」

「おや、皆さんもご存じかと思うんですがね。高名な占者様の不吉な予言がどうとかで、いったん荒れがちになっていたんですが。最近は少しばかり落ち着きを取り戻してきたところですよ」

 いちおうその話は有名だ。王宮付きの占者が予言した『世界の破滅が近づいている』という物騒な言葉に惑わされ、一時暴動やら終末思想の布教やらが横行していたという。だが先ほどのように、時折起こる獣たちの暴走に対処するので精一杯、というのがルチヤ達庶民の実感するところだ。

「まあ、占いなんて結局そんなものかしらね。気の持ちようでどうとでもなるっていうか」

 ぽつりと呟いたルチヤだったが、その一言を聞いて動いた者がいたようだった。

「――いやぁ、居た居た。さっき広場で見かけたよ、魔法使いのお嬢さん達」

 後ろから声をかけられてルチヤは振り向いた。その男はゆっくりとした足取りでこちらに近寄ってくる。


「お姉さん、『気の持ちよう』っていいこと言うじゃねえか――どうだい、その占いとやらを受けてみる気はないかね」

 言うなりカウンターの隣の席に座りこんだ男を、ルチヤは注意深く観察した。黒髪に黒い目の、やや大柄な男だった。暗い外套を纏い、無精髭の生えた顎を片手でさすっている。もう一方の手で、小さく切られた棕櫚(タード)の葉が何枚も束ねられていた。棕櫚の葉はところどころ細い線で削られ、何らかの絵や図案、一言二言ほどの単語が書かれているのが見える。

「それで占うの?」

「そういうこと。『英雄王の試練(ミトラ・スムルティ)』のカードだ」

 占いのカードにはあまり詳しくないルチヤだったが『英雄王の試練(ミトラ・スムルティ)』の話自体は有名だ。新ヴェダ王国の建国王、ミトラ一世が当時の強国の王であった羅刹王ダーナヴァを倒し、アヴァニ亜大陸を平定するまでの冒険譚。その物語は確か二十四場面に区切られ、各場面を示したカードを引くことで占いに使われるのだ。


「ヴィロークさんの占いは当たるって、評判だよ」

 酒場のマスターも薦めてくるので、マイペースを貫きたいルチヤもさすがに断りづらい。

「それじゃ、せっかくだから。でもあんまり時間のかからないやつでお願い」

「はいよ。それじゃお嬢さん方、とりあえず一枚ずつ引いてみてくれ」

 とりあえずルチヤから、続いてシルティが一枚ずつ棕櫚の葉をとった。言われるままに葉を表に返すと、ルチヤのものには『神酒』、シルティは『女神』という単語が記されていた。

「なるほどね。お嬢さん方、アプサラスの血が濃いんだな」

 当たっているが、わざわざ言うほどのことでもないだろうに、とルチヤは思ってしまった。俗に天人、天女とも称される古代種族アプサラスは、神話の時代は人間との混血を多く遺したとされている。その特徴は淡い髪や目、肌の色などと、魔法を扱う能力に秀でているということだ。


 鳶色の髪に灰緑色の目のルチヤは、アヴァニの民の平均からすれば、やや明るい。そして亜麻色の髪に浅葱色の目のシルティは、もっと色素が薄いことは一目瞭然だ。

 『神酒』のカードは英雄王ミトラの出生時のエピソードで、旧ヴェダ王国の血をひく母君が、アプサラスの作った魔法の薬酒を飲んだ後にミトラを産んだとされている。『女神』のカードはミトラの妃マーリンを示し、彼女の実の母はアプサラスであっただろうと噂されている。どちらにしてもアプサラスとの繋がりを強く示唆されているのだ。

「すごいわね、一体どうやってあたしの引くカードを決めてるのかしら」

「そりゃあまあ、企業秘密ってやつでして」

 占い結果はともかく、カードを引いたのは紛れもなく自分自身なので、ルチヤはそこに感心してしまった。このヴィロークという占い師のペースに乗せられている気もするが、続いてまたカードを引かされた。

「さっきのはあんた方の過去、次のカードは未来を表すことになるぜ」


 結果はルチヤがクライマックスの『戦闘』、シルティがその後に続く『勝利』のカードだった――ここにきてルチヤは一気に、興が削がれる思いがした。

「すげぇな、お嬢さん達。思ってる以上に強運を持ってるのかもしれないぜ」

 ヴィロークは感嘆のため息を漏らしたが、あまりに出来過ぎた結果に、ルチヤは素直に喜ぶ気も失せていた。

「はいはい、ありがとー。お礼に一杯奢ろっか」

「おい、そんなに俺の腕を軽く見ないでくれよ。占いってのは、初回はタダで構わないんだぜ、特に俺から申し出た時にはな。だが本当だったら、安酒一樽でも足らないくらいのモノは貰わんとな。それくらいの結果が出たんだ、中途半端な礼は欲しくねぇ」

「そうなの?」

 やけに熱心に語りだした占い師に気圧され、ルチヤは思わずマスターを顧みた。


「ヴィロークさんがそう仰るなら。これは、私からということで」

 おそらく喋りすぎて喉が渇いているであろう占い師に、マスターは栴檀(ニンバ)の茶を差し出した。苦味の強いそれを一気に飲み干したヴィロークは、さらにルチヤに言いつのる。

「悪いことは言わん、ここでひと仕事してみるといい――ガーナ傭兵団だ」

 何のことを言われているのか、わけがわからずルチヤとシルティはお互いに顔を見合わせた。

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