33.夢の殻より出でて
「こら! 山羊の肉はもっとよく噛んで食べなさい、ドゥルガー」
「そんなに慌てなくても、誰も盗りゃしないよ」
「そんなことない! ルチヤなんかあたしのぶんまで食べそうな勢いなんだもん」
「ちょっと! そんなひどい食べ方してる、あたし?! あ、そこの花椰菜の天婦羅は貰うからね!」
「むー、じゃあ人参の牛乳煮はあたしの!」
「……確かに、最近少し食べ過ぎの傾向はあるな。控えた方がいいと俺は思う」
「結局、ルチヤの姉ちゃんが『戦闘』をしてシルティ嬢ちゃんが『勝利』を掴むとこまで、当たってたわけだ」
ヴィロークは『真珠の森の羚羊亭』にて、普段より少々豪華な食事を大勢で囲む姿を、少し離れた位置から眺めていた。『英雄王の試練』のカードのうち、二人が未来の暗示として引き当てた二枚を、指先でつまんでは弄んでいる。
あの地底世界での対峙の後、シルティは『賢王の柱』をドゥルガーの翼を狙って撃ち落とさせた。スーリヤから聞いていたことではあるが、翼はアプサラスの魔力が結集している箇所でもある。その部分だけを封印したことで、ドゥルガーの力をできる限り抑え、意識のほうを切り離し地底から連れ出したのだった。
数日の間は、翼をもがれた背中の痛みに苦しんでいたドゥルガーではあるが、今はこの通りの旺盛な食欲を発揮している。
「今のところ、わたしがあなたのお姉さんになってあげる。で、ルチヤはわたしのお姉さんみたいなものだから、大姉さんね、わかる?」
「うん、シルティはちい姉さんなのね」
「そうなんだけど、ルチヤは最近いい人ができたみたいで男にうつつを抜かしてるから、そこは空気読んであんまり邪魔しないように、頼り過ぎないようにね」
「うん、それがダートゥなのね、だんだん解ってきた」
「ちょっと、そんなことまで教えなくていいから!!」
『真珠の森の羚羊亭』では、ドゥルガーの素性はごく一部の幹部を除いて伏せられている。彼女の監視を兼ね、いまだ不安定なアヴァニの地を時おり調査するために、ガーナ傭兵団は存続を許されることとなった。
「ねえ、じゃあヴィロークはどうなるの?」
「ああ、アレは……ギャンブル好きのダメ親父?」
「おい、勝手に俺を子持ちにすんなって!!」
「……お父さんは、ダメ。叔父さんなら許す」
「あ……そだね。お父さんは、ちゃんといるもんねー……」
ともあれ、ヴィロークの師――王宮付き占者アヴァロークの予言した『世界の破滅』は回避されたのだ。今はしばらく見守るほかはない。天女アプサラスらが遺した希望の娘たち――アプサラスの遺産を。
〈完〉




