32.悪夢を統べる娘
凄まじい光と衝撃が、ルチヤら4人を襲う。
「あははははははっ!!」
甲高い少女の声。どこか自分自身の声に似ている、と思ってしまった。
「やっと死んだ! あの鬱陶しい男がッ!! これであたしは自由だ!」
世界で最強の”凶暴な娘”。その叫びが耳に谺する。
光と衝撃が収まった後、ルチヤは彼女の姿をはっきりと認めた。
煉獄の炎のような赤黒い髪に、黒い蝶のような翅翼。身体の随所に埋め込まれた黒曜石かのような、鋭い輝きを放つ鱗。
その少女の人影は緋色の衣を纏わせながら、ゆっくりと前へ進み――眼前に突き立てられていた、ウーツ鋼の剣へと歩み寄った。
先ほどまで黒衣の剣士が振るっていた剣を引き抜き、少女はにやりと辺りを見渡す。
「何、そんな呆けた顔してんのあんた達? あたしは感謝してるのよ、だからお礼にあんた達をぶった斬ってやるって言ってんのよ? もっと喜んだ顔しなさいよ!!」
明らかすぎる殺意に、それでもルチヤ達はすぐには動けなかった。何故なら――
「……何よ……だから、そんな目であたしを見るなって言ってるのよ!!」
彼女は――ドゥルガーは、泣いていたから。血の涙を流しながら、彼女は金切り声で叫び続けた。
「みんな、あの男と同じ! 憐れんだり蔑んだり、変な顔をしながらあたしを閉じ込めようとする!!」
「あたしの何が悪いの?! ちょっとだけ、ヒトより変な力を持って生まれただけなのよ。それだって親のせい! あたしが望んだわけじゃない!!」
「衝動を抑えられないのを、ヒトのせいにするなって?! そうね、確かにそうかもしれないわ――でも、どこにも行き場がないのよ、この気持ちは!!」
「一体どうすればいいのか、教えて――教えてよ、お母さん!!」
「ドゥルガー!!」
声をかけたのは、シルティだった。それはルチヤには、いつもの彼女よりもどこか大人びて聞こえた。ほんの少しだけ、スーリヤ・アーリア・サラスに似ているとも思った。
「わたしは、あなたのお母さんじゃない。でも、ほんの少しだけ、あなたの苦しみをわかるかもしれない。だって、あたしも――親に捨てられたみたいだから、さ……」
「わたしは、あなたよりずっと弱い力しかないけど。家族代わりになってくれた人たちもいた。ルチヤも、ヴィヤーグラも、シャルドゥーラも。だから、だから――」
「――わたしが、あなたの家族になってあげる」
言い終えたシルティは、懐から絹の小袋を取り出し、中に入っていたものを手の中に落とした。水晶のように透明な、米粒から爪の先ほどまで大きさにばらつきのある、丸い珠玉。
「これ、何だかわかる……? ウルの涙なんですって。あなたを想ってずっと悲しんだ、お母さんの気持ち」
シルティはそうっと、ドゥルガーのほうにその珠玉をひと掴み放った。ぱらぱらと音を立ててドゥルガーの髪や翼にあたったそれらは、ジュワっという音とともに弾けて消える。
「……痛い……」
「……そうね、お母さんも痛かったんだわ、きっと。そしてこれを今掴んでるわたしも、痛いの。わかる?」
「みんなみんな、痛いのよ。だから……一緒に、痛みを分かち合いましょう。わたしとあなたと、他に繋がっているみんなと。今ならきっと、できるから――」
シルティは残りの玉を、袋からすべてぶち撒けた。玉は狙ったかのようにドゥルガーの黒い翼に集中し、それをボロボロと溶け焦がしてゆく。
「痛い……!!」
「ごめん、一瞬だけ我慢して!――今よ、転輪王!!」
その瞬間。頭上の灰色岩の天井が光り、轟音とともに黒い巨大な鉄針が、ドゥルガーの黒い翅翼を貫いた。