31.誓いの果てに
「……久々の、来訪者か。俺はどの程度眠っていたことになるかな」
「千年よ。『魔帝争乱記』の記述が正しければ、の話だけれど」
どこか皮肉気な眼差しの黒髪の男は、なんとなくルチヤの好きになれそうにないタイプの男だった。同時に月の天女ウルが何故惹かれたのか、それもなんとなくわかる気がした。
「退いてちょうだい。弱った封印をやり直さなくちゃいけないのよ」
「クク……お前、それが何を意味するのか、わかって言っているのか?」
男はスッと剣を抜き構えた。綺麗だ、とルチヤは思ってしまった。
「新しい封印を施すということは、古い封印を打ち破るということ。ここに来た以上、その封印が何なのか、知らんとは言わせないぞ」
「……解ってる。貴方は、充分に役目を果たした。もう休んでもいいのよ」
「さぁな、それは俺が決めることだ。少なくとも、俺より弱い奴の言いなりにはならん」
「やるしか……ないってわけね」
「ハンデはくれてやる。お前ら全員でかかってこい」
言われなくともそのつもりだった。もとよりドゥルガー相手にしても、一対一で勝てるかどうか危ういのだ。これがその前哨戦となるのだろう。
それにしても、とルチヤは胸のうちで呟く。この男――いや、本来は竜のはずだが――動きがいちいち綺麗なのがかえって癪に障る。相手でなければ見惚れてしまいそうになるのだ。
剣戟の合間に流れる濁った水、炎を纏った嵐。それらを防ぐ光の守護法陣。
生死を賭けた、譲れない戦いなのに。まるで舞を見ているかのような美しさを感じてしまう。それを相手も感じているのか、彼は笑っていた。
「いやぁ、楽しいなあ……本当に、な……」
ゴフッ、と音がしたかと思うと、彼は剣を突き立て膝をつきかけていた。抑えた口元から黒いものが流れ落ちる。ルチヤは思わず息を呑んだ。
「……どうした……、容赦はしないと、その覚悟で来たのでは、なかったの、か……?」
やはりそういうことだったのかと、ルチヤは諦観する。彼はもう、既に限界を超えていたのだ。
これ以上彼を、苦しめたくはない。その思いで一気に迫り、虚空を薙ぎ斬る一撃を見舞った。
「ああ……綺麗だ。いいものを、見せてもらった……」
剣を地面に突き立て、膝をつきながら薄笑いを浮かべる彼――黒竜ナクタの化身の姿は、幻像のように薄れていく。駄目押しとばかりにヴィロークが、弦弾きの術でその幻像を打ち消す。ヴン……という音が響くとともに、幻像もその余韻とともに消え去った。なぜか彼の使っていたウーツ鋼の剣のみが、その場に残される。
その後ろに広がる、封印の扉。ナクタとの戦いで上がった息をいったん鎮め、ルチヤはそれに手をかけようとした――その時。
「! 伏せろ!!」
ダートゥの叫びがルチヤを反射的に退かせた。間一髪、彼の守護法陣の結界内に入った直後。
眩い光とともに、扉の石材が爆散した。