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30.大地の沈む底で

「大丈夫。みんな、用意はいい?」

 いちばん大丈夫でないのは自分かもしれない、などという言葉はぐっと呑み込んでルチヤは他三人を見渡す。

 ヴィロークは魔法を強化させる呪符を作っていたらしい。占いカードに似た棕櫚(タード)の葉の束をぎっしりと抱え込み、すぐに取り出せるように腰帯の皮袋に入れていた。

 一方でダートゥは、ウーツ鋼の籠手と脛当てに加え、アーリア・サラス教の高僧に下賜される高位聖印を胸に提げていた。こちらも治癒や守護の術を強化させるものらしい。

 そしてシルティには、左耳に”シルロートラの耳環”があった。転輪王との連絡をとれる唯一の手段である。彼女だけは最後まで守り通さなくてはならない。ルチヤはひそかに心に決めていた。

 自分が持つのはウーツ鋼の刀剣と、各属性の魔法を増幅させる五つの宝珠。これだけで十分なはずだった。


「シルティ、何それ?」

 ルチヤが気になったのは、彼女が小さな布袋に入れた何かを大事そうに、捧げ持っていたことだった。

「これね。スーリヤに貰ったものよ」

 シルティは”シルロートラの耳環”を通して転輪王や天空の聖域にいるスーリヤと話をしていた。そのうえでルチヤに頼らず、自分の身のまわりの準備を自分で整えていたのだ。彼女のことで、自分の知らないことが増えてゆく。少し寂しく思ったものの、着実に頼りがいのある仲間へ育っていったのだと思うと、ルチヤは感慨深かった。


 アーカルラの”地天の祠”より奥。大きな石の扉が行く手を遮っていた。アプサラスらの天空の聖域にあったような古代文字がびっしりと刻まれているが、材質は大理石ではなく、玄武岩のような濁った灰色をしていた。扉の中央にはアーリア・サラス教の聖印である黄金の羽根に加え、円環状に回り続ける竜――始原竜カドゥルーを模したと思われる図形が描かれていた。

 ルチヤの持つ五つの宝珠が輝きを増し、それに呼応するかのように扉の封印が光り、ゆっくりと開かれてゆく。

 内部はやはりアプサラスの、天空の聖域に似ていたが暗闇に閉ざされていた。ルチヤらはアーカルラの鉱夫らが使う、火の代わりになる灯輝石(ディピカ)をランタンの中に入れて各所を照らしながら歩いた。この石は松明や通常のランタンだと空気が濁り、息苦しくなり命の危険に関わるため、より深部へと長時間赴く場合に重宝される品だ。


 灯輝石(ディピカ)は柔らかいが広範囲の光を放ち、通常の洞窟探索よりも快適な視界を確保できている。しかし見えるからこそか、異様な光景を目の当たりにしていた。ルチヤらが天空の聖域で遭遇した、魚や獣や鳥などと混じりあった女形の怪物――”凶暴な娘(ドルプ・バーラ)”らの幻像が、しばしば漂っていたからだ。

 ルチヤらは最初こそ緊張し、いくらかの手傷を負ったり負わせたりし合ったものの、次第にこれらを相手どるコツを掴んできた。ヴィロークがウーツ鋼で部分的に強化した弓の弦を弾けば、思念の薄いものは幻像ごと薄れていった。

「大丈夫。あなた達を傷つけないから、通して」

 シルティの説得で退くものらも多くいた。ダートゥは小声でアーリア・サラス教の経典の一節を復唱し続けていたが、これもいくばくかの効果を表し”凶暴な娘(ドルプ・バーラ)”らを退けているようだった。


 そして、再び大きな門の前に辿り着く。

 中央に施されている紋様は同じだった。ただ違うのは、その前に誰かが座っていたことだ。灯輝石(ディピカ)に照らしてさえ暗い、黒い髪に黒い服。ルチヤのものと同じようなウーツ鋼の刀剣を片手に抱きこみ、片膝を立てて瞑想しているかのように見えた。

 ルチヤは瞬間的に思い浮かべた。自分と同じような魔剣を扱うもの、『英雄王の試練(ミトラ・スムルティ)』のミトラ一世のような魔剣士か。男性にしては華奢な『月の恋人(ウル・カーンタ)』の男のほうの主人公か。それはどちらでもありどちらでもないことに気がついた。

 彼こそは『魔帝争乱記(ドゥルガー・ミッダ)』に出てくる無名の勇士――魔帝を封じ、その後行方知れずとなった主人公その人なのだと。瞼を開きゆっくりと立ち上がった男、黒竜ナクタの化身とルチヤは向き合った。

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