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3.鳥獣の異変

 ――世界の破滅が、近づいている。それが獣らには感じとれるのだ。


 旅先で幾度か耳にした、不吉な噂話。それらが時折こんな風に表出することがあった。突然獣らが暴れ出すという謎の事態。

 王都の人々もある程度慣れているのだろうか、早々に逃げ家屋に籠ることを選ぶ者が多かった。そうでないのはルチヤやシルティ、あとは目の前の僧衣の男などである。

「身を隠せ! 怪鳥(カガマ)は、家の中には入ってこない」

「そ……そう言われてもさ」

 ルチヤが応え終わる前に怪鳥(カガマ)らは、逃げ足の遅い牧童の連れた牛に狙いを定めたようだった。鳥の発する奇声に煽られたのが、動きが不穏になっている。

 突如、その牛らも大きな唸り声をあげ動き出した。これはまずい事態だ、怪鳥(カガマ)だけならまだしも、暴れ牛の群れは手に負えない。


「――ギィヤッ!!」

 それは、ルチヤの背中越しに射られた矢のようだった。怪鳥(カガマ)の一羽の翼に突き刺さり、鳥は路地の上に落とされる。

「やったぜ!」

「ええ、でもこれ以上は待って! 牛に当てるわけにはいかないのよ」

 振り向いてわかったのは、四人ほどの人影だった。そのうちの年若い射手を制するように、槍を持った女兵士が声をかけたところのようである。

 彼らの思惑はルチヤにもわかる。怪鳥(カガマ)の討伐は一向に構わないのだが、市民の財産である家畜を殺すことはなるべく避けなければ、後で揉め事になってしまうのだ。今まで見てきた町や村でも、同じようなことがたびたびあった。

「ってぇことで、お嬢さんがた、そこをどきな!」

 大刀を構えた男と槍使いの女がルチヤらの前に出る。各々手にした盾で牛を制しながら怪鳥(カガマ)だけに狙いを定めるつもりだろうか、それは厳しい戦いだ。

「待って、あたしに任せて!」


 ルチヤも思わず腰に帯びた剣を抜いていた。横目で広場の噴水を眺めながら……ちょうどいい、と己を落ち着かせる。剣先を噴水のほうへ向け、深呼吸してしばし体内の“気”(プラナ)を剣に集中させた。

「む……」

 僧衣の男とシルティは気がついたようだったが、剣が噴水から“水”の力を吸い上げている。そのうねりが剣に絡みついたところで、ルチヤは前の兵士二人に叫んだ。

「前を開けて!」

 二人が指示に従うと、ルチヤは振り向きざまに刀剣を一閃させた。水の流れが剣先からほとばしり、牛らと怪鳥(カガマ)を狙いたがわず直撃する。


 衝撃の後、盛大に水を浴びた牛らはいくぶん鎮静した様子を見せていた。翼が濡れた怪鳥(カガマ)も動きが鈍っている。

「な……」

「いいわ、今よ!」

 女兵士の槍が、弱った怪鳥(カガマ)の胴を貫いた。大刀使いの男も別の一羽を屠る。残った怪鳥(カガマ)は怖れをなしたのか、彼方へ飛び立とうとしていた。そこを射手が狙って矢を射かけたが、これは外れて結局、三羽の怪鳥(カガマ)を取り逃すことになった。

「まだだ、まだ近寄ると危ない」

 僧衣の男がルチヤとシルティに呼びかけた。彼は残った牛らの様子を警戒しているようだった。確かに、まだ荒々しい息をついて興奮状態から醒めないでいる。


「いいえ……わたしが、なんとかするわ」

 シルティがその制止を押し切って前へ出た。小柄な少女がゆっくりと、牛たちへ歩みを進める。

「――もう、怖いのはいなくなったわ。大丈夫よ」

 彼女は両手を伸ばして牛たちへと差し伸ばした。魔力のあるルチヤにはわかる……あと、おそらくそういう鍛錬をしているであろう僧侶の男もわかっただろう、彼女の発する“気”(プラナ)が、牛たちを鎮めようとしているのだ。それが牛たちにも伝わったのだろう。おとなしくシルティに鼻先を触らせたままになっていた。


「……すごいなぁ、嬢ちゃんたち。魔法使いなのか」

 大刀使いの男が感嘆の溜息を洩らした。魔法使いは決して珍しい存在ではないが、そう多くないのも事実だ。時折こんな場面で重宝されることもある。

「助かったわ。私達は怪鳥(カガマ)の屍骸を片づけてくるから、じゃあね」

 女兵士が指示を出し、通りはあわただしくも平時の活気を取り戻そうとしているところだった。

「怪我は……ないようだな」

 僧衣の男がルチヤら二人を眺めて呟いた。アーリア・サラス教の僧侶は医療知識に詳しく、怪我の手当などを引き受けてくれることもあるのだが、今回はその必要はなかったようだ。

「先ほどの宿の話なんだが。女性の管理人がしっかりしているところなら、ひとつ紹介できる。『真珠の森(ムルガ・ヴァナ)の羚羊亭(・サドラトナ)』だ。長いから『羚羊亭(ムルガ)』で通っているが、都の民なら誰でも知っている。もし困ったらそこに行ってみるといい」

「それは……どうも、ご親切にありがとう」

「では、俺も失礼する」


 去りゆく男の後姿をぼうっと眺めながら、ルチヤは今日の宿について再検討していた。教えてもらった宿の信用は決して悪くないだろうが、えてしてそういう宿は高いのだ。だが、先ほどの男連れの連中に従っていたら、もっと危険な目に合っていたことは容易に想像できる。どうしたものかと、ルチヤは再びシルティのほうを顧みた。

「人気があるってんなら今日はもう満室かもしれないし、そうしたら別の宿を紹介してもらえるかもよ。とりあえず行ってみない?」

 自分よりしっかり者の年下の少女には、こんな時に随分と頼らせてもらっている。これでは、どっちが保護者かわからないような状況だ。我ながら呆れてしまうが、改めて二人旅の良さを噛みしめた。

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