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28.希望と破壊

「またお会いしましたね――世界の真理に近づきつつある者たちよ」

 旧都の廃墟。『賢王の柱(パーラ・スターヌ)』に向かっていたルチヤ達を待ち受けていたのは、以前はクシ砂漠の”死の丘(アティガム)”に佇んでいた僧衣の男だった。

「そう言うあんたは、どう呼べばいいのかしら。転輪王――チャクラヴァルティン?」

「そうですね……どう呼んでいただいても構わないのですが。それが一応、いちばん覚えやすい名前ということになっております」

 胸元の、輪廻を象徴する幾何学的な紋様の首飾りの前で手を組み、その男は一礼した。


「やれやれ、わたくしを探すより前に充分に他の選択肢をあたるように、と言ったのは、覚えておいででしょうか」

「こっちとしては、充分あたったつもりよ。あとはこの『賢王の柱(パーラ・スターヌ)』を引っこ抜くかどうかって話だけ」

「了解しました……九頭竜ヴァースキに関して、ですが。いちおうこの柱は徐々に封印対象の力を削り、弱らせています。封印して以来、その状態をずっと様子見しておりましたが。ヴァースキの場合は百年に頭一つぶんの身体と魔力を削っている、という状態のようです。つまり六百年前の話ですので、今は三頭竜にでもなっているのでしょうか――あくまで地中の様子を透視した限りの話ですが」

「つまりその三頭竜を私たちで何とか退治すれば、この柱は魔帝封じに使っても構わない、ってことでいい?」

「……現状では、そういうことになりますかね。九頭竜は強敵ではありますが、魔帝の識属性の能力に比べれば恐るるに足りません。微力ながら、わたくしもお手伝い致します――が」

「が?」

 ルチヤは胡散臭げに問い返した。この男は、スーリヤ以上に得体が知れない何かを持っているからだ。


「この柱が、本当に魔帝封じに適したものなのか。それが本当にわかるのはまだ先の話です。そこはまた別に慎重に、お考え下さい」

「……」

 四人とも、無言で鉄柱に向き直った。

「わたくしは柱を引き抜くことに集中します。九頭竜ヴァースキはその頭が様々な属性の魔法を使いこなす、とされていました。残っている頭が何の属性かは、私にもわかりません。どうかお気をつけて」

 転輪王が柱の前で真言(マントラ)を唱えだす。ズズッ、と地響きを立てながら瓦礫に埋もれかけていた鉄柱が、ゆっくりと上空へ上がっていく。同時に、ヴヴ……という耳鳴りのような音も聞こえてきた。

 耳鳴りは次に歯ぎしりのような軋む音へと変わり、遂には獣の咆哮のような唸り声へと変わっていった。間違いない――地下にいる存在が、動き出そうとしているのだった。

 

「……ッ!」

 僧衣の転輪王は微動だにせず、真言を唱えきった。最後の音を気合いとともに吐き出した男は、急いで後ろへと足早に退く。瓦礫の傾く轟音とともに土煙が上がり、辺りは茶褐色の空気に包まれた。

 外套や腕で目鼻を庇ったルチヤ達だったが、不思議と自分たちのところへは煙は届かなかった。

「守護法陣を敷いた……今は、陣の外に出るな」

振り返ると、顔をしかめたダートゥが額を片手で押さえ膝をついていた。その足元を見てルチヤははっと気がついた。薄く光る古代文字の連なりが、ルチヤらの足元にまで達し輝いている。

 高位の僧侶でなければできない、と噂に名高い守護法陣を前にして、ルチヤは改めて彼がいてくれる心強さを噛みしめた――あとはただ、自分の為すべきことを為すだけだ。


 土煙が薄れる中、胴体に深い傷を負った三つ首の竜の姿が徐々に露わになっていった。後方からヴィロークの呪矢(イシュ)が、竜の頭を目がけて飛ぶが、少し首を逸らしただけで外されてしまった。

「ちいッ!!」

 舌打ちしつつもヴィロークが次々と呪矢(イシュ)を放つが、どれもほとんど決定打にはなっていない。そのうちに三つの首が頭をもたげ、うちの二つがウーツ鋼の刀を構えたルチヤと、呪矢を飛ばすヴィロークに狙いをさだめて息を吹きかけた。近いルチヤには炎の息が、遠いヴィロークには風を斬る息が。

 紙一重で躱すルチヤと、ダートゥの守護法陣の効果範囲内で守られたヴィロークを見て、様子を見ていた最後の頭は、濁った水流の息を吐きかけた。

「戻れ、ルチヤ!」

 ダートゥの声にルチヤは後退し、守護法陣に入る。


 炎、風、濁流。ルチヤの操る魔剣と同じ、四大をすべて組み合わせることができるわけだ。相手にとって不足はない。こんな状況下で思わず、ルチヤは不敵な笑みを浮かべてしまった。

「大丈夫か」

「ええ、あたしは――他のみんなをお願い」

 シルティは二匹の虎を呼び出し、相手どりやすい――獣であれば攻撃を避けやすい――風の息を吐く首を集中的に狙っていた。効果的な打撃になっていないと気付いたヴィロークは、ルチヤが狙う首ではないほうを威嚇射撃で引き受ける。

 ルチヤは、濁流を吐く首に決めた。これが残しておいたらいちばん危険な奴だ。そう思ったものの、炎と風を組み合わせた斬撃を放った直後、その判断が誤りであったと知る。


 竜の全貌を見渡して気がついた。その首は、他にもぎ落とされていた九つ全部を含めて胴体の中心に位置している……最も太く頑丈な、おそらくは”核”の首なのだ。生半可な斬撃は通るまい。それを悟ったルチヤは瞬時に思考を切り替え、炎を吐く首へと刀を返した。深い風の斬撃を放ったのち、濁流の一撃で首をもぎ倒した。

「ルチヤ、やったね!」

「ええ、シルティは二匹を下がらせて! そいつを先にやるから」

 中央の首の濁流の息が来た。ルチヤはいったんダートゥの守護法陣に入りそれを凌ぎ、もう一方の首を炎の斬撃で焼きあげ、続き濁流の斬撃を放った。二種類の斬撃を素早く組み合わせるルチヤの戦法は功を奏し、瞬く間に二つの首が落とされる。


「――まぁ、こんなところでしょう」

 妙に緊張感のない声が響いた。すると、一つだけ首の残された満身創痍の竜が宙に浮き、ほのかに光を放っている。

 あれは、転移魔法の発動する直前と同じ光景だ。そう気づいたルチヤは声の主を振り返る。

「お疲れ様です――ここまで弱らせれば、しばらくは当分、悪さはできませんよ。南海の底(ユダ・サーガラ)に送り返してさしあげましょう」

 転輪王、チャクラヴァルティンはそう言って、転移魔法を発動させた……。

 ルチヤは、茫然とその光景を見守っていた。勝ち戦に水を差された気分でどうにも面白くない。思わず機嫌の悪い目つきで転輪王を睨んだ。

「そんな目をなさらないでくださいよ。禍根を断つという考えも大事かもしれませんが、後戻りできない判断は慎重にやるべきです。少なくとも、わたしはそういう考えでこの世を眺めてきましたもので」


 転輪王はゆっくりと一礼し、去り際にこう付け加えた。

「では、ウーツ鋼の柱も私がしばらく預かっておきます。必要になった時は”シルロートラの耳環”を通して念じてください。相手や柱を打ち込む位置が正確でないと危険なことになりますから、できる限り魔帝を弱らせてから、ということにしてくださいね――」

 その言葉ののち、旧都の廃墟の象徴であった『賢王の柱(パーラ・スターヌ)』は、姿を消すことになったのであった。

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