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20.ニルヴァー族の領土

「お疲れー。少しはゆっくりしていきなよ」

 ひさびさ、王都の『真珠の森(ムルガ・ヴァナ)の羚羊亭(・サドラトナ)』の豆入り粥(キチュリー)と焼きバナナを堪能していたところだった。女将のルルゥーパは満身創痍のルチヤらを気遣い、何かと世話を焼いてくれる。

「服もたいそう使い込んだようだけど、髪も肌もだいぶ日に焼けて傷んでるね。ここいらでオイルマッサージ(アヴィヤンガ)なんか受けたらどう? わたし、けっこう得意なのよ」

 本来は負傷者の手当てが優先であるのだが、今は余裕があるらしく気軽に引き受けてもらえるようだった。薬用油を髪や身体に擦り込むのは、普段は自分でやることだが、せっかくの女将の好意に甘えさせてもらうことにする。加熱処理した上質の白胡麻の油を贅沢に使い、寝そべっている間に全身に擦り込んでもらうのだ。

「ルチヤは”火の気質(ピッタ)”よりだから、清涼感の強い茉莉花(マリカー)の香油を足すわ。シルティちゃんは”風の気質(ヴァータ)”と”水の気質(カパ)”が半々くらいかしら? だとすると選ぶのが難しいんだけど……」

「自分で選んでもいい? 例えば……これとか」

「それは蓮華(パドマ)よ。あまり強い香りではないけれど、どの体質でも合うわ。自分が気に入ったものに決めるのもいいことだから、それにしましょうか」


 施術中は夢現の中にいるようでとても心地よかった。ついでに髪に爪紅(ヘナ)を使い、傷んで明るめになっていた鳶色の髪を、落ち着いた赤めの褐色に染めて整え直す。秘宝の探索にかまけておろそかにしていたが、本業の踊り子であれば欠かせない髪や肌の手入れであった。

 擦り切れた衣服の裾なども繕ってもらい、新調してもらったのに近い仕上がりになっている。

「素敵ー。ルチヤさん、ぜひこれで踊りを見せてくださいよ!」

 司書のレッカなどにもせがまれ、『羚羊亭(ムルガ)』の夕方に一席設けて舞踊を披露することとなった。流れの琵琶(ヴィーナー)の弾き手に声をかけ、クシ砂漠の集落で聞いた話などをアレンジし『砂漠に落ちた星』――火の宝珠のエピソードなど――を盛り込んでみる。

 シルティら女性陣には鏡刺繍の衣装や赤い布の端切れ、紅瑪瑙のビーズなどの小道具を整えてもらうことになった。そのままでも見目麗しいウーツ鋼の刀の柄に、細長い赤い布を巻きつけて垂らす。踊ると布が炎のように翻り、縫いつけた鏡片やビーズがきらきら光っては、舞い上がる火の粉を連想させた。

 最後は十八番の『月の恋人(ウル・カーンタ)』で場を締めた。剣を扱う機会が多かったせいか、男舞のメリハリが効いたものになって、我ながら満足できる出来映えだったと思っている。


「アプサラスの宝珠って、今三つ集めたところなんですよね。全部そろえたら『魔帝争乱記(ドゥルガー・ミッダ)』のエピソードがすっごく充実しそうですよね。そんな舞台も見てみたいなぁ~」

「……それ、やるとたぶん一人舞じゃできなくなるから。レッカが監督か脚本家にでもなって人集めてやってちょーだいな……」

 舞を披露したちょっとした祭り騒ぎの余韻に浸りながらも、ヴィロークらは古書の分析に勤しんでいた。それというのも次の宝珠の在り処と思われる北東部――アダシュタット平野東部と東ティーラ地方の中間あたりには、新旧ヴェダ王国にとって因縁深い、ニルヴァー族の領土が広がっているからだ。

 大陸をほぼ統一しかけていた旧ヴェダ王国の中で、最後まで独立を貫いていたのがこのニルヴァー族であった。その民らは戦闘能力に優れ、これに手こずったために旧ヴェダ王国は国力を衰えさせたとされている。


 そして『英雄王の試練(ミトラ・スムルティ)』、新ヴェダ王国の時代にあっては羅刹王ダーナヴァの脅威に脅かされていたが、現地の英雄ヴィールルゥードとミトラ一世が同盟を結び、羅刹王を倒したのちにヴィールルゥードの血族が統治者となった。そのため新ヴェダ王国とは比較的友好的な関係を保ってはいるものの、あくまで対等な同盟国としてであり、その関係が崩れそうな一方的な交渉などがある際には、両国ともに敏感になっている。

「紹介状も、ヨーディン団長のだけじゃ力不足かもしれんから、現王のミトラ四世とプラーヴァクトル仙の連名で作ってもらってる。お上にやってもらえることはそのくらいだろうけど、他に何か不安なことはないか?」

「いや……別に、大丈夫じゃないのかな。だって、あたし」

 ここでルチヤは一度言葉を切った。今まで人に明かしていなかったことだ。

「……ヴェダの舞踊巫女(デーヴァダーシー)と、ニルヴァーの戦士の混血だから」

「は……?!」

 ヴィロークやダートゥは無論のこと、シルティまでもが目を丸くしてルチヤを見つめ返した。

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