19.死の丘の死闘
三本の尖塔より辺りを見下ろす。時は夕暮れにさしかかり、空も砂地も茜色に照らされつつあった。その中を”砂染め川”の異名を持つアスタミ河が広がっている。
ヴィロークが松明に火をつけようとすると、火打ち石はほんの軽い動作で激しい火花を起こした。ダートゥとシルティの持つ二つの松明が赤々と燃え上がり、鏡刺繍の衣類がそれを反射してまさに星のごとく煌めいた。それと同時に火の粉が舞い散り、そこかしこに集まっては空中に浮かび漂う。火の粉の不穏な動きを見てとり、ヴィロークは舌打ちした。
「やべぇ、こっちのつけた”火”に反応しやがったみたいだ。気をつけろ!」
「気をつけろっても……どうすればいいのよ!」
「ごめんルチヤ、ヴィヤーグラとシャルドゥーラも怖がってるみたい。呼んでるのに来ないのよ!」
シルティの獣が役に立たない以上、道を切り開く力はおもにルチヤにかかっている。ダートゥは分厚い革籠手で大した被害は受けてはいないが、殴っても手ごたえのない相手に手を焼いていた。ヴィロークの”呪矢”も火の粉の塊を一度は散らすものの、それらは再び集まって襲い来る。
軽々と空を舞う火の粉を前にルチヤは瞼を閉じ、泥まじりの濁流のイメージを思い浮かべる。その流れがいちばん激しくなるタイミングで刀を抜き放った。
”地”と”水”の魔力を込めた重い一撃は、激流となって丘から流れ落ちた。それは火の粉らを押しつぶし、近くのアスタミ河の支流へと辿り着いておさまる。
夕日が没し、あたりが紺碧の夜空へと変わったころ。火の粉の群れは鎮まり、松明の炎と鏡片が丘を照らすのみの状態におさまった。
――見事だ、魔力の剣を振るう者よ。
三本の尖塔の中央辺りに、赤く光る人影があった。手足の先は火焔で歪んで見えるが、顔から上半身のあたりまでは美しく、気の強そうな女性の形をとっていた。
今までのパターンであれば、このあたりで宝珠を授かることができるのだろうが……
――だが、我はまだそなたらを認めたわけではない。
「そんなこと言われても……どうしろってのよ」
「シッ、まだなんか来るぞ!」
ヴィロークが慌てて弓の弦を弾き出した。音に呼応して暗がりにうっすらと夜鬼らの姿が浮かび上がり、ルチヤらも身を引き締め直す。
「ヴィヤーグラ! シャルドゥーラ!」
相手が夜鬼なら恐るるに足らぬ、と言わんばかりに二匹の虎が姿を現し、シルティの傍から小鬼らを薙ぎ倒していった。ダートゥ、ヴィロークにしても各々の得意な戦法で夜鬼らを相手どっている。
ルチヤはウーツ鋼の刀を一閃させた。近くの松明の炎がその動きに煽られ、小鬼らを焼き焦がす。最後に残った、ひときわ目立つ雌大鬼をやはり炎の一閃で袈裟斬りにし止めをさす。
火の”気”に煽られたせいか、また最初のような火の粉の塊が生まれようとしたが、ルチヤは続けさまに”地”と”水”の濁流の一閃を引き起こし、再び火の精気らを鎮めて事なきを得たのだった。
――まことに見事であった。魔剣を振るう者も、そなたに従う者どもらも。
「それは……どうも。満足してくれたかしら」
何というのか、火天とやらは今まででいちばん好戦的な気がしたが、ルチヤだけでなく他の者の力量も推し量られていたのだと思うと、何故だかルチヤは少し気が楽になった。理由は自分でもよくわからない。
――そなたらに、火の宝珠を。アーリア・サラスの導きが在らんことを。
ルチヤの目の前に薄赤く光る、三角錐の形状の石が現れた。受け取ったルチヤはほっとして大いに気が抜け、その場に倒れ伏そうとしてしまった。傍にいたダートゥが急いでルチヤを抱きとめる。
「まあ、何ていうか……今までで一番ハードだったな」
「わたしも、今すぐ休みたーい。『翼の護符』使っちゃわない?」
翼の護符は、接触していれば四人ほどであれば、ひとつで全員転移させることができると聞いていた。ここが使い時、とばかりにヴィロークが金茶色の羽根の首飾りを取り出す。根元の水晶が薄く光り、キン、と澄んだ音を立てたのちに、ルチヤら四人は不思議な浮遊感に包まれた。
もっとも、ルチヤはその後、ダートゥの腕の中で気を失ってしまったため、それ以後のことは覚えていない。意識を失う寸前に見えたのは、ダートゥの胸のアーリア・サラス教の聖印であった。




