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18.クシ砂漠の謎

 ルチヤは気が遠くなりそうな思いがして、ひとつ溜息をついた。

 それというのも次の目的地、アヴァニ亜大陸の北西に位置するクシ砂漠の存在がそうさせているのだ。古代にはアスタミ河を中心に、豊かな土地と高度な文明が栄えた……とも言われているが『魔帝争乱記(ドゥルガー・ミッダ)』の時代ですら既に、現状の砂漠地帯と化していたらしい。一説には洪水や旱魃、あるいは謎の大規模戦争が起こった跡地だとも言われている。

「乾季が近いから、昼は比較的動きやすい時期ではあるんだが。夜は氷点下まで冷え込むから要注意だ」

 ダートゥの話では――彼はこの地方の出身らしい――砂漠の直前まで集落が点在しているから、なるべくそういった場所でできる限り情報収集し、あてもなく砂漠を動き回るようなことは避けるように、という点を念押しされた。で、そうなると次に探す”火の宝珠”の手がかりを少しでも多く集めたいところなのだが。


「よう来なすった。大したもてなしもできぬが、ゆっくりしていってくれ」

 結局のところ、砂漠直前の集落をたらい回しにされるように彷徨っていた。ルチヤは日中の暑さはサフラン入りのヨーグルトだったり、西瓜(チャヤプラ)やウイキョウの葛寄せだったりを食べてしのぎ、夜の寒さは赤唐辛子(マタニアミルチ)入りのカレーを食べたりでしのいでいた。何だかんだ言っても胃袋はしっかり満たされていたので、ある意味幸せだったとも言える。

 集落の長の家に泊まらせてもらうたび、手がかりになりそうな言い伝えを聞かせてもらっては、ルチヤらも旅の話をせがまれた。お互い情報交換する中、特に気になったのは『砂漠に落ちた星』という童唄だった。


 ――お星さま 光る きらきら光る

 こぼれた砂も きらきら光る

 黄色い砂 白い砂 黒い砂 青い砂

 みんなきれいに きらきら光る――


 ――けれど赤い砂は ダメだって

 それは天に 帰りたがってる

 集めよう いちばん天に 近い丘

 きらきら光る 赤く光る――


「昔から、俺もよく聞いていた。今になると意味が違って聞こえるな」

 シルティらも深く頷いた。黄色が地、白が水の宝珠に対応していることがわかったからだ。ヴィロークによると黒は風、青は空に対応するとのこと。つまり、赤は火の宝珠を意味する。

「そうなるとこの『いちばん天に近い丘』だがな、どこを指すかということで――恐らくは”死の丘(アティガム)”だろうと」

 クシ砂漠のうちで最大の規模を誇る、やや高度があり丘陵地帯になっている場所だ。これで候補は絞れたが、まだまだ不安は尽きない。

「廃墟は陶器の欠片みたいなものがあちこちにばら撒かれていて、素足やサンダルなんかじゃ危険すぎる。丈夫な駱駝革の長靴を人数分、用意せんとな」

 地元の民の協力を得て、入念な下調べの末、なんとか探索に必要な品々を揃えてゆく。シルティは物珍しそうにそれらの品々や身の回りを眺めていた。

「駱駝って、わたし初めて見るわ」

「砂漠に棲んでいるくらいだからな、皮革も暑さ寒さに耐えうる丈夫さがありしなやかだ。ただ、水の少ない場所で育っているわけだから、水牛革ほど水に強いわけではない。そこは注意してくれ」


「これを持っていきなさい。魔除けの鏡が縫い込んであるから、お守りになるのよ」

 集落の女たちは刺繍の入った帯や帽子、鞄などを持ちよって身に着けるようルチヤらに促した。いずれも中央に小さな鏡片が縫い込まれ、星のような紋様となっていくつも散りばめられている。ルチヤがそれらを手にとり思案していると、ダートゥがこう言い添えた。

「魔除けの効果というのは俺には解らんのだがな。鏡が明かりを反射するので、砂漠で迷っても見つけてもらえる確率が上がるんだ。実用的な意味でも、持っていて損はない」

 シルティは擦り切れていた上衣(カミーズ)の裾に鏡刺繍の細帯を縫いつけてもらっていた。瞳の色に合うようにと、長の妻が青い糸を選んで手早く針を進めていた。


「”死の丘(アティガム)”の一画に、三本の尖塔が立っている場所がある。そこを目印にすれば迷いにくい」

 鏡刺繍の施された毛織の外套で陽射しや冷気を遮りつつ、劣化の激しい廃墟のうちでも比較的目立つ尖塔が立つ区域にまで入っていった。全くの無人というわけではなく、時折瓦礫の奥を漁る地元の人々なども見受けられる。

 だが、そうやって身を屈めながら廃墟を探る人々とは違う、一風変わった人影に遭遇した。欝金染の僧衣を纏ったその壮年の男性は、尖塔の一つの傍に立ちつくしたまま、瞼を閉じていた。その姿はあたかも祈りを捧げているかのように、ルチヤ達の目には映った。

「もし、そこの方。この地域には詳しいのでしょうか」

 ダートゥが控えめに声をかけると、僧衣の男性はゆっくりとルチヤらのほうを振り向いた。首にはアーリア・サラス教の聖印……ではなく、円を基調とした幾何学的な紋様の首飾りを身につけていた。


「少なくとも、あなた方よりは……と言いたいところですが。なにぶん昔のことですので、思い出せぬことも多いです。年老いた者の戯言と、嗤ってくださっても結構ですが」

 男は視線を尖塔に戻し、虚空に向かって語りかけた。

「はるか昔……天女アプサラスらが地上の人々と交わっていたよりもさらに昔、この地は高度な文明を有していたとされています。風雨に強い焼き煉瓦にて、都市の区画をしっかりと分けておりました。ですが、それは自然に逆らう道だったのでしょうな。こうやって生き物が死に絶え、人が去った後も残る瓦礫は、まだまだ、自然に還るには時間がかかりそうです……」

 男は再びルチヤらを向き、一礼をしてこうも言った。

「天女らの目指すところがこのアヴァニの地にとって、善きこととなるか、悪しきこととなるか、それは私にもわかりませぬ。ですがそれを凌駕した、この地の文明の理に頼る前に、できうる限り全力を尽くされよ。私から言えることは、そこまでです」


 男は去り、尖塔の並ぶ地にはルチヤ達四人だけが、取り残されたのであった。

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