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17.大海竜サーガラ

「な……」

 ルチヤは絶句するしかなかった。地上で見られる巨象よりも、遙かに大きな頭部と首。ランタンに照らされた燃えるような瞳と鋭い牙、濡れて青黒く光る鱗やヒレ。魚と蛇を足して大きくしたようなその姿は、物語の中でしか見ることのない存在だった。

「まさか……”竜”(ナーガ)……?」

 

 ――確かに、人は我らをそう呼ぶ。


 声は頭上から響くように聞こえ、ルチヤを威圧した。


 ――そこの……人間ども。我に用があると見えて、わざわざ来てやった。


「そ……それはどうも、ご丁寧に……」

 ルチヤは恐る恐る答える他なかったが、この巨竜の言わんとすることを察しようと、頭は一杯一杯になってしまった。そこをシルティが進み出る。

「はい。いきなり不躾で申し訳ありませんが、わたし達は”水の宝珠”というものを探しています」


 ――水の……宝珠とな。それは、確か天人らのモノではなかったか?


「ご存じでいらっしゃいましたか。わたし達もそう聞いております。それを探して貴方にお会いした、ということは、宝珠の在り処をご存じでいらっしゃる、ということでよろしいでしょうか?」


 ――うむ……心当たりが、ないわけでもない。しかし、ぬしらは何故それを探す?


 大きな竜の燃えるような瞳がぐるりとひと巡りし、ルチヤら四人を視界に捉えた。怖れで恐慌をきたしそうになる自身を制し、じっと立ち尽くすことに耐える。しばしの沈黙ののち、シルティは再び口を開いた。

「魔帝の封印に使うため、です」


 ――魔帝……とな……


 巨竜はいったん顎を閉じ、再び開いて生臭い息を吐いた。


 ――懐かしき名だ。もうしばらくその名を聞いておらぬ……そうか、そういうことか。あの小娘が、目覚めると。


「小娘……?」

 シルティの疑問はルチヤも同様だったが、巨竜の口ぶりではどうやら、それは魔帝ドゥルガーを指しているように聞こえた。


 ――そう、我らにとっては少々騒がしい小娘であったな。戦の絶えぬ世を生み出した、生意気な娘であったことよ……しかし、それも今となっては、懐かしい。


 巨竜は再び口を閉じ、グッ、グッと顎を震わせた。どうやらそれは、笑っているらしかった。


 ――我ら”竜”(ナーガ)は、戦を好むもの。あの娘がどうなろうと、知ったことではないが……ただ、あれに踊らされるのは、シャクというものよの。


 ルチヤら四人は再び緊張した。巨竜の話の流れが、どこか不穏な方向へと向かっているかもしれない、と思ったからだ。


 ――あの娘を眠らせようと、天人らが必死になっていたことは知っておる。その名残を我が見つけたのは、偶然だった……そう、その後に我は会ったのだ。ちょうどお主のような、青い目の娘であったわ。そやつは確か”水天”と名乗っておった。


 巨竜の燃える瞳はシルティを見据え、また話を続けようとした。


 ――そやつは我がその、宝珠とやらを手中におさめたことに気がついたようであったが。無理に我から奪おうともしなかった……我のもとにあるのなら、それはそれで安全であろうと。但し、真に宝珠を求める者が現れたら、その者に渡して欲しいと。それが我とその”水天”の娘とで交わした約束であったわ。


 巨竜がまた首をめぐらし、ルチヤら四人を見渡した。


 ――その者が現れたら、ひと勝負、と思っておったのだがな……いやはや、我も少々、齢を重ねすぎてしまったようだ。昔ほど、戦を求める心が湧かぬ。困ったことだ。


 こちらは全然困っていないのでどうか穏便に宝珠を渡してください、とは、言いたくても言えない空気の中でルチヤらはじっと耐えた。会話のペースが遅いのがもどかしい。


 ――ここだ、我の右奥の下顎に、挟まっておる。そこの青い目の娘。お前ひとりで取るのであれば、許す。近う寄れ。


 ルチヤはゴクリと唾を呑み込み、シルティを顧みた。片手にランタンを提げたシルティがゆっくりと、巨竜の頭に近づく。巨竜は湖底の岸に下顎を乗せ、彼なりにシルティが近寄りやすいようにか、精一杯上顎を開いた状態を保とうとしていた。しかし小柄なシルティはランタンのみの暗い中、より近づかなくてはならない状態だ。竜が上顎を落としてしまえばそれまで、にも見える危うい均衡を保ったまま、シルティは竜の口の中を調べる。

「……あったわ! 多分、これで間違いないと思う」

 シルティは空いている方の手で短剣を抜き、巨竜の歯の間を何やらいじり回していたが、やがて目的のモノを手にできたらしく、それを持ってそっと竜の口の中から降りた。

 それはこの暗がりでもほの白く光る、球形をした石であった。地の宝珠と色と形は違うが、大きさはほぼ同じ、掌に収まる程度だ。これが水の宝珠だということは疑う余地がなかった。


 ――やれやれ、ようやっと肩の荷が降りたわ。時を決めぬ約束なぞ、するものではないの。


「ありがとうございます。私を信じてくれて」


 ――それはのう、お互い様というやつよの。だが、次に会う時はこれで貸し借りなしじゃぞ。早う立ち去るがよい、我の気が変わらぬうちに……


 言うなり巨竜の頭はズズッ、と沈み始めた。暗い地底の湖面に再び、波紋が広がる。


 ――そうそう、名乗るのを忘れておった。我はサーガラ、”大海”の名を持つ。他の竜とは、間違えてくれるなよ……


 その言葉を最後に湖面は大きな音を立て、しばし後に再び静寂がもたらされた。

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