16.南の島に寄せる波
「……よし、準備はこんなとこでしょ」
雨季が明けるのもそこそこに、ルチヤ達はアーカルラからアヴァニ亜大陸の南端、ティーラ地方へと足を向けた。マディヤ高原との境界にもなっている山地を通り抜け、漁港として名をはせる町へと足を踏み入れる。
準備は万端、のつもりでいる。新調したウーツ鋼の刀剣はもちろんだが、風雨に強い水牛の革の胸当てや籠手、脛当てなども揃えたため、雨ざらしになって革がすぐ傷むこともない。
ティーラ地方の南端は逆三角形のようにとがっているため、その南端の岬を境に東ティーラ、西ティーラと呼ばれる。特に西ティーラ地方は南西からの季節風による津波などの被害が大きく、今年の雨季も相応の痛手を被ったようだ。逆に東ティーラ地方は大陸から吹く北東の季節風の領域のため、比較的過ごしやすい。
で、これらの地方でどこに”水の宝珠”とやらがありそうか、という話になるわけだが。
「……やっぱり、どう考えても南端の岬よねー……」
シルティの呟きにヴィロークが深く頷く。
「いちおう、豊漁祈願の”水天の祠”があるって話だ。ただ問題なのがなー、津波ですぐに壊れちゃ再建してるって話なんだ。ご神体の石が流されたとかいう記録も多すぎて、正直どこまで当てにしていいかわからん」
「津波に流されたって話が本当なら、どうやって探せばいいのよって話になるわけよねー……」
ルチヤも、ため息混じりに相槌を打つことくらいしかできそうにない。
「いちおう”宝珠の守護者”とやらも、そのくらい予測がつくと思うんだが、どういう対策をしていたのだろうかな……水の魔力を感じ取って、早いうちに回収することくらいはできると思うんだが」
「後、他の心当たりは……確か、サンハティ島だったか」
ティーラの岬から間近に見える島の影。それがサンハティ島だ。波止場から巨大な橋で繋がっていて、古くから海路だけでなく陸路も確保されていたのがわかる。もっともこの橋もよく壊れては流される、という評判で有名なのだが。
「サンハティ島には、島の中央に都市や寺院が多く集まっている。”水天の祠”に相当するものもあるかもしれない」
幸いなことに、今年は橋が流されるほどの水害はなかったようだ。シルティがティーラの岬からずっと、”水”の魔力の気配がないかどうかを注意深く調べていたが、サンハティ島に至ってもそれらしき気配を掴みとることはできていなかった――まあ、巨大ヒルの群れに絡まれたり、といった日常茶飯事は幾度かあることはあったのだが。
「ヒルやだ。怖いよもう……」
普段泣き言を言わないシルティが、珍しくうんざりした様子でこぼしていた。二匹の虎もヒルに毛皮を汚され、心なしか不機嫌そうに唸ったりもしていた。
「一応、ヨーディン団長からの紹介状があるから、サンハティの王族には話をつけられるんだが……なぁ」
サンハティの王は『英雄王の試練』にも記述があるように、建国王ミトラ一世には協力的であった。百年ほど昔の話ではあるが、今も比較的良好な関係を保っているはずである。諸手続きはヴィロークに任せ、ルチヤらは古代の寺院跡を巡る許可を貰うことができた。
基本的にアヴァニの民は――サンハティの民もだが、いくら伝統があっても古い廃墟などには価値を見出さない。既に壊れかけているものをそれ以上に崩壊させてしまったとしても、よほど仲の悪い相手でもなければ問題は起きないはずなのだ。
森林に埋もれかけていた、『魔帝争乱記』の時代に近い古王朝の遺跡の地下を詳しく調べることとなった。壁面をびっしりと覆い尽くす蔦なども邪魔だが、地下水に浸された場所などもあり、調査の進み具合ははかばかしくない。
「うわぁ、凄いことになってら。ヴァーストゥ・シャーストラの見立てでも縁起が良くねぇな」
「どういうこと?」
「これも風水の話だけどな。蔓草の類は場の力を吸い取るんで悪い気が溜まりやすいんだ。変な魔物が出てこないことを祈るぜ」
実際、最近おなじみになっていた巨大ヒルに出くわした。ルチヤは問答無用で火の魔剣で叩き斬った。
「……やっぱり、このあたりがいちばん”近い”気がするわ。地の宝珠の時ほどではないけれど、手ごたえを感じるの」
シルティの勘のみが頼りの探索であったが、彼女の疲労も大きいようであった。
「まあ、少し休もっか。魚とココナッツ尽くしの料理にはちょっと飽きてきたけど、ティーラやサンハティの料理はまだまだ、食べてないものもあるしね」
「もう……ルチヤったら。やっぱり食べ物のことばっかりなんだから……」
地底湖の広がる遺跡の最深部で、小休止をとることに決めた。背負い袋からプットゥー――ココナッツ入りの米粉蒸しパンである――をおさめた竹筒や干し魚の束を取り出そうとしたその時。グゥ……ウン……といった耳鳴りのようなものが聴きとれた。
「?!」
異変は湖底から起こっているようだった。身構えたルチヤらの眼前で、水面が大きく盛り上がる。その水の塊とでも言うべきモノは、大きく膨らみ――そして弾けるように大波を立てて、押し寄せた。




