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15.雨季の憂鬱

 ダートゥが珍しく、機嫌が悪かった。

「雨季に入ってしまったからな……この時期は、動きがとりにくい。食事も制限が強くかかるしな」

 アヴァニの一年は乾季、暑季、雨季に分けられる。ルチヤとシルティは最も動きやすい乾季に王都を訪れ、ガーナ傭兵団に入り、猛暑の暑季には北霊山とマディヤ高原を探索したことになるわけだが。荒れ狂う南の大海ユダ・サーガラに接する最南端のティーラ地方は、特に雨季との相性が悪い。豪雨や竜巻に晒されて、とても探索などできる状態になかった。

「まあ、注文しているウーツ鋼の武具が揃うまでは、高原でゆっくり骨休めするのが無難ですぜ」

 アユダの勧めもあり、雨季の間アーカルラに滞在することとなったわけだが問題はそれだけではなかった。


「食料が腐りやすくなるのがな……どうしても香辛料が多い調合になるから、ルチヤの”火の気質(ピッタ)”が上がる一方、ということになる。一応、火を通しても冷性を保てる薄荷を組み合わせるか」

 そんなこんなで食後に薄荷茶を飲む習慣がつき、ついでと言っては何だがダートゥに稽古をつけてもらうことにした。ルチヤの剣は坑道の探索の際、刃こぼれがひどく使い物にならなくなってしまった。新しい剣が出来上がるまで、固い木の枝を剣代わりにダートゥと対峙する。

「……、え?」

「ルチヤ、落ち着け、集中を解け!」

 集中しすぎてうっかり木の枝に火の魔力を付与してしまう、という事故も起こしてしまった。ダートゥの革籠手が焦げる程度のものであったが、彼は腕のほか肩にも軽い火傷を負ったようで慌てて稽古は中止し傷の手当てをすることになった。


「ごめん……魔法は、使うつもりじゃなかったのに」

「それはいい。実戦では文句は言えん……こちらも油断していた。炎症を抑えるのに薬用油を入手しないとな」

「あ、あたしも手伝う!」

 精製した凝乳(ギー)や白胡麻の油、それに欝金(ハリドラー)の根などの薬草を煎じて混ぜ合わせ、患部に塗布し晒した綿布を巻くことで火傷の治療となるのだった。ガーナ傭兵団の営舎で時折見かけた光景を、ルチヤは見よう見まねで手伝った。

「最初に煎じ油を掌で温めて、それから患部にゆっくりと擦り込む。慌ててやると患者に負担がかかる、から、ゆっくりと、刺激にならないよう、に……ッ」

 言ってる傍からルチヤの拙い手つきで悶絶しかけているダートゥの様子がまた珍しかったが、呑気に眺めていられる余裕もないのでルチヤも必死だった。なんとか綿布の包帯を巻き終えるまでに至る。


「よし、なんとなくコツは掴んだわ! 他に火傷してるところは?」

「……いや、自分には手の届かない部分を頼んだまでだから、後はいい。自分でやれる」

「えぇー……、せっかく慣れてきたと思ったところなのに」

 渋るルチヤを眺めていたダートゥが、言いにくそうに口を開く。

「その、どう言っていいかわからないんだがな。お前に触られると何だか変な気分になるから、止めて欲しいんだが」

「?」

「言ってる意味が解らないなら、なおさら止めてくれ」

 ルチヤには解らない理由で部屋を追い出されてしまった。釈然としないルチヤは宿の食事処でヴィロークらに不満をぶつける。シルティも首を傾げていたが、彼は苦笑いするのみだった。

「まあ、奴も男だったってことだな」

「何よ、その言い方?」

「いやぁ、これ以上は俺からは言えんなぁー」


 それはさておき、ヴィロークは南部でも歴史の古いこの町で古書を漁っているようだった。シルティもそれに付き合っているため、いつの間にかルチヤよりも、古代文字に詳しくなっているようだった。

「わたしが気になったのは、ウーツ鋼の話なんだけど。前に旧都の廃墟で見た『賢王の柱(パーラ・スターヌ)』もウーツ鋼でできてるんじゃないか、って言い伝えなのよね」

「ただ、とんでもなくバカでかい代物だからな。時の権力者の命令で作らせたってのはわかるんだが、一体何のためにあんなものを作る必要があったんだか」

 古代は権力者らが、自分の権威を誇示するために巨大な建造物を作るということがままあったらしい。しかしそれにしても大量の鉄を使用し、なおかつ錆びない処理を施した『賢王の柱(パーラ・スターヌ)』の異質さは抜きんでている。


「……あと、それに関してはもうひとつ気になる話があったな。ウーツ鋼の製法は、アプサラスから伝授されたものじゃなく『転輪王』の手によるものだ、とか何とかで」

「転輪王……チャクラヴァルティン、ってやつのことね。あれって本当か嘘か、アプサラス絡みの伝説よりも信憑性がないのよねぇ……」

 時折昔話などにひょっこり出現する転輪王とやらは、アプサラス以上に謎の存在だ。例えばだが、子供向けの絵本にはこう記されている。


* 転輪王のおはなし*

 ある人が「死にたくない」と願いました。神様は「よし、それではこの世でおこることをずっと見守る役目を与えるから、死なないようにしてやろう」とその願いを叶えました。彼はあるときは魚に、あるときは鳥に、あるときは獣になり、または国の王らに助言する旅人となってずっと生き続けています。


 ここで触れられている神様というのは、アプサラスの女神スーリヤではないらしい。アプサラスに依らぬ力を求めた者が、いかなる手法を用いたのか別次元の宇宙を体現し、その産物と言われるウーツ鋼やレムリア水晶などの力を使いこなす術を身につけた、と言われている。彼は輪廻転生を繰り返し、時折歴史の転機に現れたため、人々は彼を転輪王、チャクラヴァルティンと呼んだと。

「……ストゥーパの五つの宝珠だけでもめんどくさいことになってるのに、そんなよくわからない奴のことまで気にしてられないわ。その辺は任せるから、好きにしてちょうだい」

 次に挑むことになる”水”の宝珠のことだけでも頭が一杯なのだ。”地”の宝珠の目星をつけるのはさほど苦労しなかったが、次は何だか嫌な予感がする。そう思いながら長雨の合間を縫って、稽古に励むルチヤであった。

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