14.アーカルラの坑道
「ほんと、北部とだいぶ違うのね」
牛乳やヨーグルト、黍糖などを扱うことが多かった北部の料理に比べ、ココナッツミルクやそこから精製する粗糖を扱う南部の料理は、より暑さに対応するように仕上がっているようだった。ココナッツミルク入りの魚カレーや夏野菜カレーに苦瓜の炒め煮など。主食もチャパティやナンがメインだった北部に対し、稲作が盛んで米飯が主流になっている。
あっさりめの食事とは裏腹に茶菓子はこってりと甘く、酸味の強いハイビスカスのジュースに濃厚なココナッツのプリンなど、これらも味わい深くいただいた。
「ご満悦のところ、ちょいと失礼しやすがね。いま鉱夫組合の連中と話をつけてきたんだが、たいてい鉱山ってのは採掘の安全祈願をする”地天の祠”が坑道の入口付近にあるんですが。そこのどれかにおさめられているご神体がその”地の宝珠”じゃないのかって話になってますわ」
アユダの仕入れてきた情報をもとに、ヴィローク達が推測する。
「順当に考えれば、最も歴史の古い鉱山じゃないか、って思うんだがな」
「プラーヴァクトル仙は『宝珠を預けられた者の判断で、時によって場所を移されている可能性がある』とも言っていたからな。そこでなければ順に採掘が盛んになった場所をあたっていくと、漏れなく調べられるんじゃないのか」
「どっちにしてもやっぱり、このアーカルラの付近だってことは間違いないと思うわ……なんか、うまく言えないけれど、そういう”気”を感じるの」
シルティはアプサラスの血が濃いだけあって、そういった魔力の籠ったものの気配を察するのに敏感なようだった。この力は今後も頼りになるかもしれない、そう思うとルチヤは何故だか嬉しかった。自身が足手まといになっていないかどうか、密かに気にしている少女が立派にチームの役に立っているのを実感できるからだった。
「何、ルチヤってば、なんかニヤニヤしちゃって」
「ううん、別に。ただ何となく嬉しいだけだよ」
「ご飯おいしかったのが、そんなに嬉しいの?」
「ちょっと、あたしがそれしか考えてないとか思わないでよ!」
親の心子知らずとでもいうのか、姉の心妹知らずか。ルチヤはそんな言葉を勝手に思い浮かべては、ひとりで怒った素振りも見せていた。
「……やっぱり、当たりの気がする。なんかもう、すごいゾワゾワ感じるもの」
鉱夫らとの交渉で町に残ったアユダを置いて、ルチヤら四人は集落と同じ名をつけられたアーカルラの採掘場へと踏み込むことになった。いつになく饒舌なシルティの様子が興味深い。
「ただ、俺は殺気の類は感じてないんだよな。邪気の精や小鬼らとは違うと思う」
普段から敵の気配探知には敏感なヴィロークがこの調子というのも、珍しいことだ。シルティは万一に備え、金毛のヴィヤーグラと銀毛のシャルドゥーラの虎二頭を既に呼び出していた。二匹はランタンの灯りのみが頼りの暗く狭い坑道内を、器用にすり抜けるように進んでいく。
「害意ではない意識というのは、やはりおそらくは宝珠の守護者か……」
ダートゥが呟きかけた直後、モゾリ、ボコボコという音が周囲から次々に響き渡った。彼とシルティの持つ二つのランタンに照らされ、小岩の塊がそこかしこに浮かび上がっている。
「ちょ、なんかヤバそう……?!」
「気をつけろ、特に頭を守れ! 他は治癒の術でなんとかする」
ヴィロークの”呪矢”やダートゥの革籠手に当たったものはパラパラと、崩れ落ちたりもしたのだが。ひときわ大きい人型をとった岩の集合体がルチヤの前に立ち塞がる。
「確かに、これは”火”でも効果ないかもしれないわ。てことは、やっぱり……」
ルチヤは息を沈め、”風”の気を高めるよう集中した。気合いとともに刀を一閃させる。
風の衝撃波はルチヤの剣を離れ、岩の人形の片腕を木っ端微塵に打ち砕く。さらに二閃、三閃させるうちに人型は崩れ落ち、細かい塊は二頭の獣に踏み砕かれていった。
「……まだ、消えてないわ」
シルティが感じ取った気は、ルチヤ達の眼前で別の形をとろうとしていた。うっすらと黄色い光を纏い、再び岩の人型をとりつつも上半身は美しい女性の姿へと変わっている。
――我は地天、地の宝珠を預かりし者。
女性はルチヤを向いて語りかけていた。
――宝珠を求めし者は、そなたか?
自分を指名されたことにルチヤは内心驚いたが、ダートゥら他の三人は黙って頷き、ルチヤを見つめていた。
「そう……よ。魔帝の封印に使うの。渡してちょうだい」
――承知した。そなたに、アーリア・サラスの導きが在らんことを。
地の天女はその姿を薄れさせ、ルチヤの手のひらに収まる程度の大きさの、黄色い方形の石を遺した。
「……これで最初の試練は終わり、ってことでいいのかしら」
「それは喜ばしいことなんだが、今はとりあえず早く外に出よう。先ほどの戦闘で、坑道内が崩れやすくなった可能性がある」
万一の時は各自『翼の護符』を使うことも考えていたが、幸いにもその事態に至ることなく、坑道の外へと出ることができた。
「いやぁ、肝が冷えたわ。いや、敵さんがっていうわけじゃなくてな。いつ落盤が起きるかって感じだったからな」
「ホントよねー……この後も、こんなんが四回続くのかしら。なんか先が思いやられるわぁ……」
マディヤ高原の清々しい風は、ルチヤらを心地よく出迎えてくれたのだった。




