13.マディヤ高原の集落
「マディヤ高原で古くから栄えている鉱山って言ったら、やっぱりアーカルラの付近じゃないのかな」
北霊山の山すそに広がるアダシュタット平野を別にすれば、南部中央のマディヤ高原は鉱山資源の採掘で最も有名な地域だ。通貨にもなっているルピア銀の鋳造をはじめとして、特殊な鉄器の製法なども盛んだという。
ルチヤ達は傭兵団御用達の鍛冶師アユダから話を聞いていた。アーカルラの出身だという彼はいわゆる南部流とでも言うのか、独特の製法にも通じていて上流階級向けの高級武具も扱ったことがあるらしい。
「最近は魔物なんかが横行して上質の武具が売れる一方で、鉄が北部のこっちまで普及してこないって問題もある。できることなら原料の鉄鉱石の持ち出しの交渉をしたいんだが……ちょうど行こうかなと思っていたところにあんたたちが来たな」
アーカルラまではアユダの紹介で通じる、ということで結局彼と同行することとなった。
「まあ、マディヤ高原も涼しい場所だから問題ない、とか言われそうなのよねー……」
「何そんなにブルーになってんの、ルチヤ」
『羚羊亭』でアロエの葉肉入りの葛寄せを食べていたルチヤは、はうっとため息をついた。夏のアダシュタット平野の王都では、昼食後にこういったデザートを食べて身体を冷ますのがほぼ日課となっていたのだ。だが、それを勧めた当人は怪我人の治療の応援を頼まれ、つい先ほどから席を外していた。
「無理して食べなくても……って言いたいところだけど、残すのはさすがに勿体ないよルチヤ。ちゃんと食べようね」
「別に無理してるわけじゃない……んだけど、何だかね。何でこういきなり食欲が無くなるのかしら」
マンゴーの果肉入りラッシーを飲んでいたシルティと、冷たいチャイを啜っていたヴィロークは、同時に顔を見合わせることしかできなかった。
「さあ。俺らに言われてもなぁ」
「あんたらは特にって団長には頼まれてるんだがな。ここいらでひとつ、ウーツ鋼の武器を揃えておくといいぜ」
「ウーツ鋼……?」
準備しがてら、アユダが口にした聞き慣れないその単語に、ルチヤは首を傾げた。
「そうだな、特にルチヤの剣を最優先させよう。あとはもし余裕があるようなら俺用に籠手や脛当てを用意してもらえると助かる。残りは予備の短剣などがあればいいか」
ダートゥをはじめとする詳しそうな面子に話を聞くと、アーカルラで伝わる特殊な製法の鋼で、その表面は木目のように波打つ紋様が浮き出ているらしい。弾性があり折れにくく、錆びにくいこともあって特に刃物に利用される高級品なのだとか。
「盆地になっているマディヤ高原はともかく、それを取り囲むティーラ地方では、何かと風雨に晒されがちだからな。”地”の後に続く”水”の宝珠の探索にも、充分使える品ばかりだ。ここは金の使い時だぜ」
「りょーかい、そっちの交渉は任せるわ。あたしは次の探索地に備えて、体調を整えることにするから」
「そうは言うけどルチヤ、鉱山の探索ってどうなるかイメージできる?」
「それは……まぁ」
なんだかんだ言いつつも頼りにしてしまっているダートゥに、ルチヤはそろりと目を向けた。
「今まで”火の気質”を抑えて”水の気質”を増すように調整していたわけだが、”地”や”水”の魔物に対してはどちらも効果的とは言い難い。”風の気質”を増やす方向でいくか……」
「ふうん。それってどんな食べ物になるわけ?」
「基本的に、どんな食べ物でも”食べ過ぎない”ことが大事になる。つまり量を控えめに、ということになるわけだが」
「……え、マジで? それってなんか一番つまんない結果になりそう……」
「面白い、つまらないで済む話ではないからな。そこを我慢するのがお前の仕事だ」
「そんなぁ……」
一気に意気消沈したルチヤに、他の面々が言いつのる。
「ていうか、今までが贅沢しすぎだっつーの」
「別にいいんじゃないの、食べ過ぎを見張ってくれるようにお願いすれば」
「……何ていうのか、付き合いの浅い俺が口挟む問題じゃない気がしてるんですがな。まぁそれでも気を落とすことはないですよ、南部の薬膳料理は比較的あっさりしていてもたれないから、違いを楽しみにしてくれりゃあって感じで」
なんとか気を持ち直したものの、やはり不満が募りがちなルチヤであった。