12.聖仙の庵
雪の小鬼に出くわすこと六回。
白い野兎を仕留めること四回。
野鳥を射落とすこと五回。
毛皮の厚い雪鬼に出くわすこと三回。
大鹿を狩ること一回。
猪を仕留めること二回。
「よう来られた、麓の客人らよ」
出迎えられてとりあえず最初にやったこととはいえば、食事の支度だった。余っていた猪肉と庵で育てていた玉葱、人参、香菜、北霊山で採れる薄紅色の岩塩、ダートゥの持っていた調合香辛料をすべてぶち込んだ豪快な鍋が出来上がる。
聖仙の中には菜食のみの修行を積む者もいるのだが、プラーヴァクトル氏はそうでなかったようで、香辛料の効いた猪肉に舌鼓を打っていた。
香菜の種を炒って煎じた茶を飲み、ようやっと一息ついたところで本題に入ることとする。
「ヨーディンが一体どんな連中を寄越すか、楽しみにしていたがな。これは興味深い組み合わせじゃて……占者アヴァロークの一番弟子に、高僧の位を授けられながらそれを辞した問題児。天人の血を濃く受け継ぐ娘御に、極めつけが英雄王ミトラの再来とでも言うべき魔剣の使い手か」
聞いていたルチヤは、思わず目を瞬く。
「弟子って、王宮付き占者の? ヴィロークが」
「あれ、今まで言ってなかったっけ」
次にダートゥのほうを向き、
「高僧って、場末の宿の治療士がなるもんなの?」
「……俺は、もとが北西の辺境出身だからな。寺院暮らしが肌に合わなかっただけだ」
ふたりとも多くを語ろうとしなかったが、ルチヤは奇妙な疎外感と謎の安堵感の両方に包まれた。そしてそれはおそらく、シルティも同じだろう。
「そういうヨーディンもあんたも常人から浮いてるけどな、王家の庶子なんだから」
「ほっほ。そういうことになるかの」
ヴィロークから突っ込まれ、聖仙は人をくったような笑みを浮かべていた。
「……さて、どこから話せばいいものやら、と考えておったのだがな。やはり魔帝の乱ということになるかの。北霊山の聖仙はそれを伝えるために、この地に留まっているようなものじゃ」
ルチヤらが旧都を探索するうちに導きだした結論は、既にお見通しのようであった。
「アプサラスの秘宝、ってものがあるとして、それをどうやって手に入れればいいのかしら」
「うむ。それはストゥーパと呼ばれる、五つの宝珠を連ねたものだったと言われておる。地、水、火、風、空の五大魔力を体現したものであり、これを用いることで魔帝の魔力を封じ込めたとされているのだ」
魔力の源が大きく五つに分かれることはルチヤらも知るところだ。ルチヤはいちおう全てひととおり使えるわけだが、魔帝も同様に使えるということなのだろうか。
「偉大なるスーリヤ・アーリア・サラスは魔帝の封印が解けることも予期していて、その宝珠をアヴァニの各地に散った同胞らそれぞれに一つずつ、託したと言われておる。それらを探しあて一つにまとめ上げたものこそが、魔帝と相対するに相応しいとな」
「え、宝珠って五つあるわけでしょ……それを全部見つけろって? この北霊山で?」
「言ったはずじゃぞ、アヴァニの各地だと。北霊山には”空”の宝珠に通じる道だけが記されておる。”空”は五大の最後に到達するもの、つまりそれまでに”地”、”水”、”火”、”風”を順に揃えねばならぬ」
「えぇ……え」
アヴァニ全土を股にかけて、その宝珠とやらを探し出さなくてはならない、ということらしい。壮大すぎるスケールの話にルチヤは茫然となり、思わず遠い目になりため息をついてしまった。様子を窺っていたダートゥが質問を続ける。
「それぞれの宝珠のある場所の手がかりは、ないのか?」
「一応は。”地”は南部中央のマディヤ高原の鉱山のいずこかだとな。他もある程度まではわかっておるぞ。”水”は南端のティーラ地方か、もしくは海を渡ったサンハティ島あたりであろうと。”火”は西のクシ砂漠、”風”はよう解っておらぬが……湿気を含んだ風の吹く場所は多いがの、それだと”水”の領域になってしまうから、乾いた風の吹く場所と言えば、アダシュタット平野の東部あたりではないかと判断できるが」
「で、それらを集めた最後にまたこの北霊山に来いと」
「そういうことになるかの。おそらくその時は一年後かの……いや、もっと先の話になるやもしれんか」
「それまでに魔帝とやらが復活しないことを祈るしかないのか。こりゃ責任重大だわ」
ヴィロークまでも途方に暮れた態でぼやき出した。世界の破滅の回避への道のりは、遠い。
その後ルチヤ達は、プラーヴァクトル仙のすすめで蒸し風呂を満喫し、毛皮を敷き詰めた部屋で眠りにつくことになった。翼の護符を使えばすぐに王都に帰ることは可能だったが、聖仙の「何、わしが寂しいんじゃよ。一晩くらい泊まっていけ」という言葉に従って狭い庵で雑魚寝することになったのだ。
「こんな夜は、昔話を語って夜更けまで過ごすものじゃて。そして案外それが、後々の役に立ったりするもんじゃよ……」
聖仙の語る古代の記録、ヴィロークの語る動物の寓話。ダートゥの話す薬草の効能が知られるきっかけとなった説話に、ルチヤの話す恋や冒険の物語。おもに聞き手に徹していたシルティはどれもこれも、目をきらきらさせて話に聞き入っていた。