表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
12/33

12.聖仙の庵

 雪の小鬼に出くわすこと六回。

 白い野兎を仕留めること四回。

 野鳥を射落とすこと五回。

 毛皮の厚い雪鬼に出くわすこと三回。

 大鹿を狩ること一回。

 猪を仕留めること二回。


「よう来られた、麓の客人らよ」

 出迎えられてとりあえず最初にやったこととはいえば、食事の支度だった。余っていた猪肉(ヴァラーハ)と庵で育てていた玉葱(パランドゥ)人参(ガリジャラ)香菜(ダンヤカ)、北霊山で採れる薄紅色の岩塩、ダートゥの持っていた調合香辛料(ガラムマサラ)をすべてぶち込んだ豪快な鍋が出来上がる。

 聖仙(リシ)の中には菜食のみの修行を積む者もいるのだが、プラーヴァクトル氏はそうでなかったようで、香辛料の効いた猪肉に舌鼓を打っていた。


 香菜の種を炒って煎じた茶を飲み、ようやっと一息ついたところで本題に入ることとする。

「ヨーディンが一体どんな連中を寄越すか、楽しみにしていたがな。これは興味深い組み合わせじゃて……占者アヴァロークの一番弟子に、高僧の位を授けられながらそれを辞した問題児。天人の血を濃く受け継ぐ娘御に、極めつけが英雄王ミトラの再来とでも言うべき魔剣の使い手か」

 聞いていたルチヤは、思わず目を瞬く。

「弟子って、王宮付き占者の? ヴィロークが」

「あれ、今まで言ってなかったっけ」

 次にダートゥのほうを向き、

「高僧って、場末の宿の治療士がなるもんなの?」

「……俺は、もとが北西の辺境出身だからな。寺院暮らしが肌に合わなかっただけだ」

 ふたりとも多くを語ろうとしなかったが、ルチヤは奇妙な疎外感と謎の安堵感の両方に包まれた。そしてそれはおそらく、シルティも同じだろう。

「そういうヨーディンもあんたも常人から浮いてるけどな、王家の庶子なんだから」

「ほっほ。そういうことになるかの」

 ヴィロークから突っ込まれ、聖仙(リシ)は人をくったような笑みを浮かべていた。


「……さて、どこから話せばいいものやら、と考えておったのだがな。やはり魔帝の乱ということになるかの。北霊山の聖仙(リシ)はそれを伝えるために、この地に留まっているようなものじゃ」

 ルチヤらが旧都を探索するうちに導きだした結論は、既にお見通しのようであった。

「アプサラスの秘宝、ってものがあるとして、それをどうやって手に入れればいいのかしら」

「うむ。それはストゥーパと呼ばれる、五つの宝珠を連ねたものだったと言われておる。地、水、火、風、空の五大魔力を体現したものであり、これを用いることで魔帝の魔力を封じ込めたとされているのだ」

 魔力の源が大きく五つに分かれることはルチヤらも知るところだ。ルチヤはいちおう全てひととおり使えるわけだが、魔帝も同様に使えるということなのだろうか。


「偉大なるスーリヤ・アーリア・サラスは魔帝の封印が解けることも予期していて、その宝珠をアヴァニの各地に散った同胞らそれぞれに一つずつ、託したと言われておる。それらを探しあて一つにまとめ上げたものこそが、魔帝と相対するに相応しいとな」

「え、宝珠って五つあるわけでしょ……それを全部見つけろって? この北霊山で?」

「言ったはずじゃぞ、アヴァニの各地だと。北霊山には”空”(アーカーシャ)の宝珠に通じる道だけが記されておる。”空”は五大の最後に到達するもの、つまりそれまでに”地”(プリティヴィー)”水”(ジャラ)”火”(テージャス)”風”(ヴァーユ)を順に揃えねばならぬ」

「えぇ……え」

 アヴァニ全土を股にかけて、その宝珠とやらを探し出さなくてはならない、ということらしい。壮大すぎるスケールの話にルチヤは茫然となり、思わず遠い目になりため息をついてしまった。様子を窺っていたダートゥが質問を続ける。


「それぞれの宝珠のある場所の手がかりは、ないのか?」

「一応は。”地”は南部中央のマディヤ高原の鉱山のいずこかだとな。他もある程度まではわかっておるぞ。”水”は南端のティーラ地方か、もしくは海を渡ったサンハティ島あたりであろうと。”火”は西のクシ砂漠、”風”はよう解っておらぬが……湿気を含んだ風の吹く場所は多いがの、それだと”水”の領域になってしまうから、乾いた風の吹く場所と言えば、アダシュタット平野の東部あたりではないかと判断できるが」

「で、それらを集めた最後にまたこの北霊山に来いと」

「そういうことになるかの。おそらくその時は一年後かの……いや、もっと先の話になるやもしれんか」

「それまでに魔帝とやらが復活しないことを祈るしかないのか。こりゃ責任重大だわ」

 ヴィロークまでも途方に暮れた態でぼやき出した。世界の破滅の回避への道のりは、遠い。


 その後ルチヤ達は、プラーヴァクトル仙のすすめで蒸し風呂を満喫し、毛皮を敷き詰めた部屋で眠りにつくことになった。翼の護符(パトラ・ディー)を使えばすぐに王都に帰ることは可能だったが、聖仙(リシ)の「何、わしが寂しいんじゃよ。一晩くらい泊まっていけ」という言葉に従って狭い庵で雑魚寝することになったのだ。

「こんな夜は、昔話を語って夜更けまで過ごすものじゃて。そして案外それが、後々の役に立ったりするもんじゃよ……」

 聖仙(リシ)の語る古代の記録、ヴィロークの語る動物の寓話。ダートゥの話す薬草の効能が知られるきっかけとなった説話に、ルチヤの話す恋や冒険の物語。おもに聞き手に徹していたシルティはどれもこれも、目をきらきらさせて話に聞き入っていた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ